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対話型AIがもたらすプログラミング教育の未来:時代の変革を迎える



坂村 健
(INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長/東京大学名誉教授)

 この巻頭コラムの原稿を書いているのは2023年の2月だが,去年の11月にOpenAIから公開された対話型AIのChatGPTは急速に成長し,月間ユーザ数はすでに1億以上.ほんの3カ月で,これほどの伸びは変化が激しいといわれる情報通信の世界でも異常だ.つい先日にはマイクロソフト社が新ブラウザでChatGPTの機能と検索を統合,対抗してGoogleも社外に出していなかった対話型AIを順次サービスに組み込んでいくと発表している.この勢いだと,あっという間に検索エンジンを使うような感じで,皆がAIを気軽に使う社会になりそうだ.

 おそらく,掲載時にこの原稿もすでに古くなっている.大規模言語モデルをベースとする生成系AIの進歩は早い.そもそも書いてから掲載まで数カ月という論文誌は,残念ながらコンピュータ分野では過去.研究の主戦場も,すでにarXiv.orgなどのプレプリントサーバだ.ネットでは対話型AIを使ってシステム開発を楽にする試みがすでに多く上がっている.システム環境の違いによる変更必要点をまとめさせ移植が楽になったとか,それどころか仕様から対話で指示することで,簡単なものとはいえ実際に動くアプリを完成までできたなどの例が報告されている.最初は誤りも多いが,指摘すればすぐ直してくるし,プログラムを与えてコメント付与やデバッグもしてくれる.

 すでに自分のコードの80%はAIに書かせていると言っている米国トップクラスのハッカーもいる.特に新規性がないような部分を埋めるのをAIにやらせることで,生産性が5倍ぐらいになっているとのこと.大規模言語モデルによる対話型AIは今後も累積的進歩するだろうから,AIを使う開発者と使わない開発者の生産性は,今後ますます開いていく.

 そしてAIによるプログラミングがどんどん優秀になれば,プログラミング学習のインセンティブが下がるのも避けがたい.AIがプログラミングする時代に合わせて,情報通信技術の教育も,教育内容も教育方法も評価方法も大きく変わらざるを得ないだろう.そもそも,学生から「何のためにプログラム言語を学ばないといけないのか」という質問が出るのもすぐだ.そのときにどう答えるか.

 1つの答え方として筆者が考えているのは,プログラミングについてAIとやりとりするときの言語としてプログラミング言語を知っておいた方がいいというものだ.たとえば,音楽についての仕事で他人とコミュニケーションする場合──音楽のプロデューサーが作曲家と,作曲家が演奏家と,打合せのときに楽譜を互いに知っている方が効率がいいのは確かだろう.

 もう1つの答え方として考えているのは,長い手順をきれいに考え,仕様として伝えるために整理することを学ぶなら,やはりプログラミング言語を学ぶ方がいいという答えだ.GPT-3がGPT-2との違いとして,自然言語と一緒にプログラミング言語を学ぶことで,長い「思考の連鎖」を維持することができ,学習量以上の能力を発揮することができるようになったという説がある.AIが自然言語と同時にプログラミング言語を学んだことで高度化するなら,人間もプログラム教育と国語の連携を考えてもいいのかもしれない.

(「情報処理」2023年6月号掲載)

■ 坂村 健
1951年東京生まれ.工学博士.IEEEライフ・フェロー,ゴールデンコアメンバ.2018年にリアルタイムOS「TRON」は米国IEEEの標準OS, IEEE 2050-2018となった.


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