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Fundamentals of Wireless Communication

田中功一(三菱電機(株))

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David Tse, Pramod Viswanath 著
Cambridge University Press( 初版 2005),583p., ISBN:978-0521845274

※本記事のPDFは情報処理学会電子図書館に掲載されており、情報処理学会会員は無料で閲覧できます。(http://id.nii.ac.jp/1001/00206836/


携帯する通信技術

 新型コロナウイルスの影響で,わずか数カ月のうちにオンライン授業,オンライン会議,はてはオンライン飲み会と,社会構造が大きく変化した.通信システム,インターネットがこれほど社会に貢献していることを認識させられることは多くない.

 いつでも・どこでも・だれとでも,少し年配の方であればこのキーワードは覚えているだろう.30 年前,携帯電話と言えば自動車電話だった.当時の価格で総額約40 万円お支払いしなければ使うことができない高価通信網であり,また端末装置もとてつもなく大きな代物であった.必然的に利用者はビジネスマンなど特定の人のみの利用であった.しかし,この30 年ほどで,無線通信技術は大きく飛躍した.

 日本では,1991 年NTT が小型軽量の端末装置mova の発売を開始,契約面ではレンタル(約3 万円/月)によって,携帯電話が一般の人でも使うことができるようになった,変革の時代である.重さも230 gほどにまで軽量化され我々が現在使用している携帯電話の形に近づいた.もちろんいわゆる電話のみの利用が主たる機能で,オンライン授業なんて誰もそれでできるなんて思っていなかった.

 その後,通信方式はアナログ通信からデジタル通信へ移行した.第2 世代の始まりである.デジタルmova はPDC 方式を用いたディジタル通信第一世代であった.1994 年にレンタル携帯に加え端末装置購入が可能になったことは,一般の人が携帯電話を持つタイミングとなった.機能面では1997 年にメールサービスが開始され,携帯電話IP 接続サービス(インターネットにつながった携帯電話)が出現,そして1999 年NTT ドコモが日本独自技術であるi-mode サービスを開始, カメラ付き携帯電話が発売されたことで「撮ってすぐ送る」ことが流行り,ビジネスでの利用も拡大,携帯電話が急激に普及した.当時インターネットに繋がった「使える」携帯電話がある国は,日本だけといっても過言ではない.

高機能化,国際標準化

 一方デジタル通信方式は1998 年cdmaOne(第2.5 世代)のサービスが開始され,1999 年には国際電気通信連合(ITU)が定めた「IMT-2000(Inter-national Mobile Telecommunication 2000)規格が勧告され,それまで地域性のあった通信方式が,世界的統一第3 世代に変化した.

 携帯電話も電子マネー,ワンセグチューナー(図-1)がついたものが登場し電話機能の付加応用機能も大きく進歩した.Apple 社のiPhone などいわゆるスマートフォンが登場したのもこのころである.

ワンセグ画像

図-1 ワンセグ携帯電話の一例

 現在の第4 世代通信技術は,大容量の映像コンテンツを短時間でダウンロードできるようになり動画サービスが広く利用されるようになった. そして2020 年4 月には第5 世代のサービスがついに開始された.

通信技術のおさらいとして

 このように携帯電話の歴史は無線通信技術の進歩により実現している.この30 年間に次々と新しい通信方式が開発されている.これらの技術を学ぶのにお薦めなのが,『 Fundamentals of Wireless Communication』である.無線ネットワークの物理層に用いられる概念と技術を学べる良書である.MIMO(Multiple-Input and Multiple-Output),時空間符号化,日和見通信,OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing),CDMA(Code Division Multiple Access)など通信の高度・高速化に寄与した技術の基礎が解説されている.

 記載レベルは大学院での授業を想定したもので,これから通信を志す人向けである.もちろん,無線通信の技術をそれぞれ紹介,説明する書籍は山ほどある.しかしこれから通信技術を学ぶ人にとって,それらは通信に関する技術を体系的に,順序立てて学べるものではない.

 この本の魅力は回路図が書かれていること,数式を用いた詳細な解説,それに加え例題が書かれている点であると思う.回路図を見て実際の使用イメージを理解,数式を用いて細部を理解し,例題を用いて使い方を理解する流れで記述されている.

 たとえば,CDMA アップリンクの回路を見ると動作イメージを理解できる.式,特性図を用いた解説によって細部を理解する.「なるほど,そう作るんだ.そうだね」と数式を理解した後, 例題, たとえばCDMA2000 1xEV-DO のレート制御やチャネルトラッキングの例題を読み, 詳細な利用イメージを理解する.各種技術をこの形式で解説しているため,とてつもないページ数であるが,めげずに読めるワクワク感が魅力だ.実際の製品開発では,「初期検討,試作を行い,性能測定,実フィールドで実験を通して問題点を洗い出し」といった流れであるが,この本を読んでいると実際にこの過程を体験している感じになる.ここがほかの本との違いで魅力だと思う.

 第5 世代開発でやや出遅れた感のある日本だが,何もかもがオンライン,インターネット接続が日常になった今年を契機に,世界の先端を突き進む通信関連分野の元気さを,再度取り戻す第一歩として,本書を紹介する.

(「情報処理」2020年10月号掲載)

■田中功一(正会員) Tanaka.Koichi@dr.MitsubishiElectric.co.jp
 1987 年三菱電機(株)入社.携帯電話など組込みソフト開発を担当,現在は情報ネットワークシステム構築と運用に従事.2018 年静岡大学創造科学技術大学院博士課程満了,2019 年博士(工学).