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ツイート削除最高裁判決の意味するもの ━ネット上の権利侵害情報は削除してもらえるのか━

小向太郎(中央大学国際情報学部)

ツイッター投稿削除請求事件

 ツイッターに自分のプライバシーに関する投稿がされていた場合,その投稿を削除してほしいと請求することはできるのか? 削除に応じてくれない場合,裁判をすれば裁判所が削除を命令してくれるのか? こうした問題について,2022年の6月24日に,最高裁が判決を下した.

 今回争われたのは,自分の前科に関する投稿について,削除を求めて争われた事例である.東京地裁は削除請求を容認,東京高裁は削除請求を棄却と,判断が分かれていた.最終的な決着がどうなるのか注目される中,最高裁は,削除請求を認める判断を示した.

 判断の争点となったのは,グーグルの検索結果に対する削除請求について最高裁が採用していた,いわゆる「明らか基準」が,ツイッターにも適用されるのかどうかということである.

「明らか基準」とは何か

 前科などのプライバシーに属する情報が表示される検索結果について,検索サービス事業者に削除を求める場合には,「公表されない法的利益」が,「検索結果を表示する理由に関する諸事情」より,優越することが「明らか」な場合に限って,削除が認められる(最三小決平成29年(2017年)1月31日:グーグル検索結果削除請求事件).これが,「明らか基準」と呼ばれるものである.

 ここで恐らく,多くの人は,「明らかって何だ?」と思うのではないか.たとえば,逮捕事実に関する投稿があったがその後不起訴になっているとか,冤罪だったとかいった事情があれば,公表されない法的利益が明らかに優越するとされる場合がある(札幌地判令和元年(2019年)12月12日など).恐らく,こうした特別な事情がなければ「明らか」な優越は認められない可能性が高い.つまり,「明らか基準」というのは,原則として削除を認めない基準なのである.

 検索結果の削除について,このような慎重な考え方をとる理由としては,「検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する」ことや,「現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている」ことが挙げられている.

 ツイッターは,自社もツイッターの情報流通の基盤として重要な役割を果たしているとして,ツイートの削除請求について「明らか基準」によって判断すべきだと主張していた.東京高裁の判断は,この主張を認めたものである.

 最高裁は,ツイッターにはこのような性格は認められないとして,「事実を公表されない法的利益」が,「一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情」に優越する場合には,ツイートの削除を求めることができるとしている.この基準によれば,プライバシー侵害が認められれば削除請求が認められる可能性が高い.

 今回問題となった前科に関する情報についても,他人にみだりに知られたくないプライバシーに属する事実であり公共の利害との関係もすでに薄れていることや,ツイートが長期に閲覧されることを想定してなされたものではないことなどを勘案して,「事実を公表されない法的利益」が優越することを認めている.

差止請求と表現の自由

 コンピュータ・ネットワークが普及するまでは,表現行為に対する差止請求は,出版などのマス・メディアについて争われることが多く,表現の自由との関係が正面から問題となっていた.

 出版物に差止めが命じられると,その出版物の発行にかかった費用が無駄になり,回収にかかる費用も負担しなければならない.そして,その後同じ出版物は二度と発行することができなくなる.ある意味では表現行為を葬り去ることになる,とても厳しい処分である.そのため,差止請求については,損害賠償請求よりも慎重な基準で判断されていた

 たとえば,公職選挙の候補者に対する名誉毀損記事の差止請求について最高裁は,公務員等を批判する出版物の差止を行うことは原則として許されないとしつつ,「その表現内容が真実でないか又は専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって,かつ,被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときに限り,例外的に許される」としている(最大判昭和61年(1986年)6月11日:北方ジャーナル事件).

 プライバシー侵害についても,「侵害行為が明らかに予想され,その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり,かつ,その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるとき」に,差止めが認められるという考え方を示している(最判平成14年(2002年)9月24日:『石に泳ぐ魚』事件).

 これに対して,プロバイダ責任制限法は,①権利侵害を知っていたとき,または,②その情報による権利侵害を当然知ることができたときであって,技術的に削除等が可能な場合 (第3項第1項)でなければ,プロバイダは媒介した情報について責任を負わないとしている.これは,プロバイダの責任を制限するものではあるが,プロバイダが権利侵害を知っていて放置すれば削除義務違反の責任を問われ得ることを,前提とした規定である(東京高判平成13年(2001年)9月5日:ニフティ現代思想フォーラム事件控訴審など)

 つまり,プロバイダへの削除請求については,出版社等に対する削除請求のような慎重な考え方はとられてこなかったのである.これは,出版等に比べて削除によるダメージが少ないことや,拡散する可能性があるなど必要性が高いことが理由であろう.

判決の影響

 最高裁が「明らか基準」を示してから,大手プラットフォームが,これに基づいて削除を慎重に判断すべきだと主張するケースが増えていた.「明らか基準」が採用された理由として,検索サービスがインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている」ことが挙げられている.プラットフォーム事業者としては,自社のサービスもこのような役割を果たしていると主張したくなるのも理解できる.

 しかし,最高裁は,検索サービスにおけるサービス提供のプロセスや提供する情報の性格等も勘案して,インターネット上のサービスの中でも特にこの分野に限定して,慎重な基準を示したのだと考えるべきである.単にサービスの普及状況や社会的影響力だけを問題としているわけではない.むしろ,「明らか基準」の方が例外なのだ.

 今回の判決によって,SNS等の投稿への削除請求が認められるケースは増加するだろう.事業者の側も,明らかに権利侵害に当たるような投稿については,削除などの積極的な対応を行うことが求められていることを,自覚すべきである.

(2022年8月15日受付)
(2022年8月30日note公開)

■小向太郎(正会員)
中央大学国際情報学部教授.情報通信総合研究所取締役法制度研究部長,早稲田大学客員准教授,日本大学教授等を経て,2020年より現職.1990年代初めから,情報化の進展によってもたらされる法制度上の問題をテーマとして幅広く研究を行う.著書として『情報法入門(第6版)デジタル・ネットワークの法律』(NTT出版,2022年),『概説GDPR─世界を揺るがす個人情報保護制度』(共著,NTT出版,2019年)など.