2021年青山学院大学文学部史学科日本史論述答案例

大問Ⅳで350字の論述問題が2題出題される。1問は多面型、1問は推移・変化型であった。前者は場所を軸に、後者は時間を軸に、それぞれ答案を分ける意識を持つとよい。

2021年
大問Ⅳ(1)…350字
 設問要求…奈良時代の律令国家における地方支配のあり方について、説明する
  条件…指定語句(畿内・七道、国府 郡 城柵)

答案例①(太字は指定語句)
 律令国家は全国を畿内・七道に区分し、その下に国・・里を設置した。国には都から中央貴族が国司として派遣され、国府に赴任して郡司の監督にあたり、郡司は国造層の地方豪族が任命され、国司の下、郡家を拠点に戸籍作成や班田収授、徴税など地方行政の実務にあたった。その他、外交や西海道諸国の統括を行う機関として、九州北部に大宰府が設置された。この他、律令国家は地方支配のため、中央と地方の連絡手段として駅制を整備した。一方、律令国家は国家領域の拡大も図り、東北地方では日本海側に出羽国を設置して秋田城を築き、太平洋側の陸奥国には多賀城など城柵を築いて、政治・軍事上の拠点とし、軍事力を背景に蝦夷の地域へ支配の浸透をはかった。南九州では隼人の抵抗を抑えつつ、支配領域の拡大をはかり、薩摩国、次いで大隅国を設置した。(350字)
 
答案例②(太字は指定語句)
 律令国家は全国を畿内・七道に区分し、その下に国・・里を設置した。国には都から中央貴族が国司として派遣され、国府に赴任して郡司の監督にあたり、郡司は国造層の地方豪族が任命され、国司の下、郡家を拠点に地方行政の実務にあたった。その他、外交や西海道諸国の統括を行う機関として、九州北部に大宰府が設置された。一方、律令国家は国家領域の拡大も図り、東北地方では日本海側に出羽国を設置して秋田城を築き、太平洋側の陸奥国には多賀城などを築いた。これらの城柵には関東地方などから農民を移住させて開拓を進めて、政治・軍事上の拠点とし、軍事力を背景に蝦夷の地域へ支配の浸透をはかった。南九州では隼人の抵抗を抑えつつ、支配領域の拡大をはかり、薩摩国、次いで大隅国を設置し、種子島など南西諸島の島々とも貢進関係を構築した。(350字)


大問Ⅳ(2)…350字
 設問要求…衆議院議員選挙法の制定・改正時の内閣ならびに選挙資格を中心とした改正の主要内容を説明する。
   条件…1946年に実施された選挙まで
     …改正運動も含める

答案例
 衆議院議員選挙法は黒田清隆内閣時に制定され、直接国税15円以上を納める25歳以上の男性に選挙権が与えられ、第2次山県有朋内閣時の改正で選挙資格が直接国税10円以上に緩和された。第1次世界大戦後に普通選挙実施を求める普選運動の盛り上がりを背景に、原敬内閣時の改正で選挙資格は直接国税3円以上に緩和されたが、社会主義への警戒から普選は実現しなかった。第2次護憲運動に際し、護憲三派が普選断行を掲げ総選挙で勝利したことを受け、第1次加藤高明内閣時の改正で、税額制限は撤廃され、25歳以上の男性に選挙権が付与されたが、婦人参政権獲得を求める運動の盛り上がりにも関わらず、女性に選挙権は与えられなかった。アジア・太平洋戦争後、五大改革指令を受けた幣原喜重郎内閣時の改正により、20歳以上の全ての男女に選挙権が付与された。(350字)

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