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混ぜ師のシュウさん

パチンコ屋で"釘師"が釘の調整をするように、雀荘では"混ぜ師"が牌を混ぜる。

一昔前までは、プロの麻雀や裏と呼ばれるデカい麻雀には必ず立会人がいた。イカサマの抑制や監視、勝負にあやが付かぬよう一局ごとに牌を混ぜるその姿から、彼らは混ぜ師と呼ばれた。

「こんにちは。今日も奥の卓からお願いします」
月に一度、開店前に混ぜ師のシュウさんがやってくる。

挨拶をして荷物を置くと、すぐにシュウさんの仕事は始まる。
誰もいない卓に腰掛けると、渋い顔で両手を広げて牌を混ぜる。全自動卓には二組の麻雀牌があるから、積んであった面が終わったら一度牌を落としてまた牌を混ぜる。

一連の動作は洗練されていて、丁寧で無駄がない。混ぜられている牌は、まるで踊っているようにも見える。

シュウさんはこの道四十年の大ベテランだ。昔は色々な場で牌を混ぜていたらしい。

一仕事終えておしぼりで顔を拭いてから、コーラを手に取った傷だらけの右腕は、この仕事の過酷さを表している。負けて逆恨みした男に刺された傷、混ぜる牌にカッターの刃を混ぜられていたこともあるらしい。

長い付き合いだからどれも聞いたことのある話だけど、僕はいつも初めて聞いたかのように振る舞う。何回聞いても面白い話ばかりだし、僕は開店前のこの時間が好きだ。

「昨日の2卓は盛り上がる展開が多かったんじゃないか?」

「そうですね、役満も出たし見てても面白かったです」

「だろう。あの卓は面白くなる気がしたんだよ」

シュウさんはデカい手が好きだ。自分が混ぜた卓で面白い展開になるのは、混ぜ師の冥利に尽きるそうだ。実際にどんな展開だったかは関係ない。僕は返事はこうと決めている。

全自動卓が普及した現代となっては、混ぜ師という職業は衰退し、自身が麻雀打ちになるか、廃業する人がほとんどだった。自動卓はメーカーの陰謀で牌が操作される!と抗議していた人もいるらしいけど、やはりこの便利さには抗えない。時代の波には逆らえず、混ぜ師達はそれに飲まれていった。

今となっては、混ぜ師の仕事は祈願やおまじないの部類に入る。公平で熱い勝負が出来るよう、たくさんのお客さんが入れ替わり混ざるよう、そんな想いを込めて牌を混ぜる。最近は毎日ではなく、月に一回、年に一回だけ呼ぶという雀荘が多い。

昔、常連向けの大会を開いていた事がある。
予選期間に打数が一番多かった三人と、当日の予選で勝ち抜いた一人で半荘一回の決勝戦を行い、優勝すると5万円だ。警察の指導が入り、すぐになくなってしまったけど、とても盛り上がったのを覚えている。

最後となった大会、その勝負で混ぜ師を務めたのは、もちろんシュウさんだった。
優勝したのもシュウさんだった。

いつだか、この時代に牌を混ぜ続ける理由をシュウさんに聞いた事がある。
「自分を中心に世界が廻ってると思ってた」

「麻雀で理不尽な事が起こると、誰かのせいにしたくなる。俺が牌を混ぜれば、みんな俺のせいにできるだろ?それでみんなが楽しく麻雀を打てればいいんだ」

シュウさんは何年か前のある日、洗車中に突然家の庭で倒れた。いくつかの奇跡が重なって、一命を取りとめた。

「意識が戻った時の家族の顔を見たらさ、心配かけたんだなって思ったよ」

そう言って、ヘビースモーカーだったけど煙草もきっぱり辞めた。何より麻雀や人に対する考え方も変わったらしい。

「今日は打っていこうかな」
混ぜ師の仕事が忙しかった頃は、一日に色んな雀荘の牌を混ぜて周り、うちに来るのは家が近いから最後だった。いつも打って帰るのが習慣だったけど、体を壊してからは打つ事は珍しくなっていた。

常連でシュウさんの事を知らない人はいない。今日は盛り上がるぞと僕の気分も上がる。
少し経つとお客さんが来て卓が立った。

一周終わったところでシュウさんの流れは悪かった。

いつもの難しい顔で、落とす前に牌を混ぜる。心なしか、開店前の時より表情は厳しい。
「自動卓は二組あるから、混ぜた効果があるのはこの次の局からだ」

シュウさんはこれをいつも言っていた。次の自分の親に合わせて牌を混ぜたらしい。
迎えた親番で、混ぜた牌が上がってくる。僕もシュウさんの後ろで混ぜの効果を興味津々に覗き込む。

そして配牌を開けると一言。

「混ぜ過ぎたよ、バラバラだ」

シュウさんのこわばっていた顔がくしゃっと崩れて、みんなは笑った。

その後もシュウさんの流れは悪かったけど、本人含めてみんな楽しそうでいい雰囲気だった。

シュウさんはラス半を入れない。一度打ち始めたら卓が割れるまで打つ。朝になり卓が割れると、サイドテーブルに残ったコーラを一気に飲み干して、ごちそうさんと残して去って行った。
この業界からまた一人の混ぜ師がいなくなり、全自動卓が乾いた音で乱暴に牌を混ぜる。

なーんて世界線があったら面白くない?っていうお話し。

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