【条項解説】 共同研究開発における第三者との紛争解決条項

わざわざ取引費用をかけてまで契約書を準備し交渉する理由はなにか。

一つの考え方として、弁護士費用をはじめとした取引コストが契約締結前に発生しようとも、のちの紛争解決に伴うコスト(弁護士費用、裁判費用、社内リソースの確保)と比べて安ければ、契約書を準備しておくことに意義を見出すことができるというものがある。

この整理からすれば、紛争が発生しても裁判まで至る可能性が極めて乏しい業界においては伝統的に契約書がさっぱりしているのに対し(契約書が存在しないこともある)、取引に関する紛争によって痛い目にあってきた業界の契約書が事細かな契約文言を多数おいていることにも説明がつく。

共同研究開発に限らず、契約締結にあたり取り決めておくべき内容の一つに、第三者との紛争発生時の当事者の責任、役割分担がある。

経済産業省および特許庁による研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書の共同研究開発契約書v1.0(「モデル共同研究開発契約書」)では、次の規定をおく。

第14条 本研究に起因して、第三者との間で権利侵害(知的財産権侵害を含む。)および製造物責任その他の紛争が生じたときは、甲および乙は協力して処理解決を図るものとする。
2 甲および乙は、第三者との間で前項に定める紛争を認識した場合には速やかに他方に通知するものとする。
3 第1項の紛争処理に要する費用の負担は以下のとおりとする。
① 紛争の原因が、専ら一方当事者に起因し、他方当事者に過失が認められない場合は当該一方当事者の負担とする。
② 紛争が当事者双方の過失に基づくときは、その程度により甲乙協議の上その負担割合を定める。
③ 上記各号のいずれにも該当しない場合、甲乙協議の上その負担割合を定める。

その逐条解説では、<ポイント>として、

“研究開発時に起こりうる第三者との主なトラブルは、知的財産権等の権利の侵害または製造物責任に関するものである。本条はこのようなトラブルが発生した場合の両当事者の責任と費用負担について定めた規定である。”

と説明する。とはいいながら、実際にあるのは、
・ 「協力して処理解決を図るものとする」(1項)
・ 「その程度により甲乙協議の上その負担割合を定める」(3項2号)
・ 「甲乙協議の上その負担割合を定める」(3項3号)
などと協議する旨を定めるのみで、解決に向けたリスク分担、責任分担のモデルを提示したものとはいえない。

事業会社にせよ、スタートアップ にせよ、このような内容で共同研究契約を締結してしまった場合、第三者との紛争発生時には、締結時に投下した費用と時間とは別に、上記モデル条項に基づく「協議」に伴う費用と時間が追加で発生することとなる。しかも協議をつくしたところで負担割合を決することができないことも多々あろう。これでは何のために共同研究開発契約に本条項を設けたのかの意味がわからなくなってしまう。

モデル条項への疑問
モデル条項の起案者としては、資力の乏しいスタートアップ側に費用負担を押し付ける条項としたところで実態的な解決にならないものの、事業会社側にも費用負担についてスタートアップ側となんらかの協議できるようにしておきたいため、このような条項を提示したのかもしれない。しかし、第9条1項でスタートアップ側の非保証を定めているため、スタートアップ側に費用負担を協議すべき場面として起案者はどういったものを想定したのだろうか。また、協議不調の場合の着地点を起案者はどう考えていたのだろう。問題が起きたから当事者に協議させるということのほかに、費用負担や責任分担に関する現実解を示すことはできなかったのだろうか。

このあたりを逐条解説はなんら触れておらず、紛争発生時に協議することだけを定めたモデル条項は、いささか不親切に思える。この条項をそのまま採用したがためにスタートアップ・事業会社側ともに第三者との紛争発生時の双方の費用負担の協議が頻発し、その都度双方の弁護士費用が積み上がるというのは、モデル共同研究開発契約書の望む着地点ではないものと想像する。

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