【条項解説】 共同研究開発に基づく発明の帰属、出願方法、実施条件

共同研究開発事案における発明は、次の3つに分類できる。
・共同研究開発以前の発明(「background発明」)
・共同研究開発を通じたなされた発明(「foreground発明」)
・共同研究開発後、同研究開発に関係なくした発明(「sideground発明」)

このうち、foreground発明については、その帰属、出願方法、実施条件等を取り決めておくことになる。以下、経済産業省および特許庁による研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書の共同研究開発契約書v1.0(「モデル共同研究開発契約書」)に基づき検討する。

「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0」を取りまとめました
https://www.meti.go.jp/press/2020/06/20200630006/20200630006.html

共同研究開発を通じた発明の帰属

まず、foreground発明の帰属につき、モデル共同研究開発契約書第7条は、

(1) 相手方から提供された情報に依拠せずに独自に発明したもの(「本単独発明」、同2条2号)は、当該発明をなした者の帰属とし(同7条1項)、

(2) 上記(1)以外の本研究の過程で生まれた発明(「本発明」、2条3号)については、すべてスタートアップの帰属としている(同7条6項)。さらに「本発明」に関する推定規定も設けている(同8項但書)。

→ 上記のとおり、モデル共同研究開発契約書は発明の帰属につき、スタートアップに寄せた構成をとっている。共同研究開発における発明の帰属は、一律に決すべきものではなく、個別事案に応じて決すべき内容であるが(例えば、スタートアップ 側がすでにbackground発明をある程度確保済みの事案では、事業会社側の求めに応じて共同研究を通じたなされた発明を事業会社帰属としたところで、実施条件に漏れがなければ、スタートアップ の事業にはさしたる影響はない。)、

→ モデル共同研究開発契約書が、帰属について「共有を極力避けることが望ましい」としている点は評価できる(共有とすべきでない理由については第7条逐条解説参照。なお、共有とすることの弊害は、スタートアップ側に限られるものではないため、同逐条解説の「現状では、知的財産権の共有は、次の点からスタートアップ にとって好ましくない」という点は、「共同研究開発当事者双方」に改められるべきである。)

共同研究開発を通じた発明の出願条件

次に、foreground発明の出願条件についてモデル共同研究開発契約書は、

(1) 相手方から提供された情報に依拠せずに独自に発明したもの(「本単独発明」)について、何らの条項も設けず(同7条9項参照)、

(2) 本単独発明以外の本研究の過程で生まれた発明(「本発明」)については、スタートアップが「自らの費用と裁量により」特許出願できるとしつつ(同7条9項本文)、事業会社側がスタートアップ の希望しない特定国での特許出願を希望する場合、事業会社の費用負担によって事業会社名義で出願できるとはせず、事業会社がスタートアップ に当該出願を行うことの「協議を求めることができる」という中途半端な取り決めとなっている(同7条9項但書)。

→ まず本単独発明および本発明ともその特許を受ける権利を有するものが出願の有無や対象国を決定できるなか、モデル共同研究開発契約書が、本単独発明の出願については条項を設けず、本発明についてのみ「自らの費用と裁量により」スタートアップが特許出願できるとしているのは、同7条9項但書の事業会社による出願の場面について取り決めておきたかったものと想像する。にもかかわらず、同7条9項但書は「乙は、・・・協議を求めることができる」とあるのみで、協議不調の場合の取り決めに欠く(協議申出から○日以内に決まらない場合、事業会社がその費用と裁量による出願できる等の文言まで必要)。

→ そのわりに、続く7条10項において事業会社の費用負担で権利化した場合、事業会社は、スタートアップ側に対して、当該スタートアップ が一定の独占期間中、当該特許発明について独占的に許諾できる権利を設けており、バランスに失する(スタートアップ側が出願しないと決めた国につき、事業会社がその費用負担で権利化したところ、スタートアップ 側が当該外国特許の権利者でないにもかかわらず、独占期間中は引き続き誰に許諾するか決定できるとなると事業会社として外国出願の費用負担の意義が乏しい)。

10 前項ただし書により乙が特許出願を行った場合においては、乙は、甲に対し、出願後●年間、当該発明の独占的許諾権および再実施許諾権を無償で設定するものとし、その後は無償の非独占的通常実施権を設定するものとする。

共同研究開発を通じた発明の実施条件

そして、foreground発明の実施条件についてモデル共同研究開発契約書は、

(1) 相手方から提供された情報に依拠せずに独自に発明したもの(「本単独発明」)については、他方に実施許諾はしながらも、許諾条件の詳細は「別途協議の上定める」とし(同7条1項)、

(2) 本単独発明以外の本研究の過程で生まれた発明(「本発明」)については、スタートアップが事業会社に対して一定期間の独占的通常実施権を設定する形をとり(非独占的ライセンスへの転換メカニズムあり)、独占期間以降は権利満了日までの非独占的通常実施権を許諾するという構成をとっている(同7条7項)。

→ 独占的ライセンスの設定には注意が要する(モデル共同研究開発契約書第13条の競業避止義務も同様)。事業会社側、スタートアップ 側ともに複数のプロジェクトを併走しつつ新規技術に基づく事業化を進めていることが想定される中、独占的ライセンスや競業避止義務によってパートナーを1社に絞ることには慎重になるべきである。モデル共同研究開発契約は、事業会社側が本発明を一定期間実施しない場合、独占的ライセンスを非独占的ライセンスに転換するという条項を設けている点で評価できるが、トリガーは、①単なる「実施」ではなく、一定規模以上の「事業化」とすべきことや、②期間中の事業化が未達成の場合、非独占的ライセンスへの転換のみならず、双方が競業避止関係からも解かれるようにしておく必要があったものと考える。

→ モデル共同研究開発契約書は、共同研究開発を通じてそれぞれに帰属する至った発明の実施条件を「別途協議の上定める」としている(同7条1項)。いかにも和文契約らしい「別途協議」の精神がここでみることができる。ある契約行為において口頭の合意ではなく取引コスト(時間、場合によっては外部弁護士の費用)をかけて契約書を作成、交渉することの目的の一つに、万一紛争になった場合の紛争解決コストよりも当該取引コストの方が安いと考えるからである。共同研究開発が成功し事業化に進んだ場合、相手方の知財権を気にすることなく事業を遂行できることが主眼の共同研究開発事案において、本単独発明の実施条件の詳細は、他の関連発明の実施条件ともに規定すべきところ、モデル共同研究開発契約書第7条1項が「相手方に対して・・・許諾する」としながら、ライセンス条件の詳細を「別途協議」としたことは、実務的には使いにくいモデル契約書になっていると言わざるを得ない(7条2項や7項にに対応するライセンス条項を本単独発明についても規定しておけば済む)。モデル契約書には共同研究開発契約のほかライセンス契約書(新素材)の用意もあるが、同モデルライセンス契約書にも本単独発明の実施条件の規定はない。

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