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大企業から見たスタートアップー実効的なオープンイノベーションの実現に向けて―

(1)はじめに

昨今、オープンイノベーションの名の下に、スタートアップとの協業に取り組む(取り組もうとしている)大企業も増えてきている。オープンイノベーションと一言に言っても、アクセラレーションプログラムの提供、業務提携や共同研究開発等といった出資を伴わない比較的ライトなもの、出資を伴うもの(事業会社本体又はCVCからの出資)、M&A等、様々なものが挙げられる。

(2)大企業がスタートアップとのオープンイノベーションに取り組むメリット

 大企業がスタートアップとオープンイノベーションに取り組むことにより、いかなるメリットがあるのだろうか。
 例えば、米国のVISAは、モバイル決済サービスを開発するスタートアップのSquareに出資しているが、この両社の間には、VISAから見て、クレジットカード利用の土台を整えるSquareが成長し、同社の商品・サービスが浸透すればするほど、VISAの売上(クレジットカードの利用)が増えるという関係が生まれている。
 したがって、VISAにとっては、目先の利益のためにSquareと不公平な条件で契約するよりは、オープンイノベーションのパートナーとして、フェアな条件で契約を行い、また、互いに自社の強みを活かして相手方を成長させることが、両社にとって望ましい(VISAにとってはSquareが浸透すれば自社商品の利用場面が増え、SquareもVISAのカードの魅力が高まればそれを利用する自社サービスがより魅力的になる)、という状態になっている。

(3)法務部・知財部としていかに座組を設定すべきか

 このように、オープンイノベーションにおいては、目先の契約条件等にとらわれず、長期的にいかなる態様が自社及びスタートアップにとって望ましいのか、という事業全体からの視点を踏まえつつ座組を検討する必要があり、オープンイノベーションの座組を創り出す法務部・知財部としては、この点に留意して契約条件の設定(スタートアップとのオープンイノベーション用の契約書ひな形作成を含む)・交渉を行う必要がある(決して「お情け」で不合理に契約条件を譲歩するわけではなく、対等な「パートナー」として合理的な契約条件を設定する必要があることには留意されたい)。
 他方、実際には、スタートアップにとっての特許権の重要性等、スタートアップの特性を無視して、既存の下請企業に対する業務委託や開発委託契約のひな形(Win-Loseとなる契約書)を使用することが少なくない。しかし、特定の1社との長期にわたる継続的な取引関係を前提として契約条件が設計される下請と、様々な業種の企業とアライアンスを締結しつつ成長していくスタートアップとでは状況は大きく異なるのであって、「報酬を支払う以上、成果物に関する権利は全て自社に帰属させる」というスタンスをベースにした下請企業用のひな形は、特許権等の知的財産権の重要性が相対的に高いといえるスタートアップとの契約には適していない。そのため、例えば成果物に関する知的財産権の帰属等について交渉が難航して余分に時間を要するのみならず、信頼関係に疑義が生じ、その後の協業が不奏功のまま終わるということも少なくない(この場合、誰も利益を得られない結果となる)。
 以下、利害関係が対立しがちな共同研究開発の契約交渉の場合に特に留意すべき点を若干検討する。

①成果物に関する知的財産権の帰属

成果物のうち、少なくとも「特許権(又は特許を受ける権利)」については、スタートアップに単独で保有させる条項を入れるべきである。このことは、スタートアップによる特許権の単独保有を通じて、特許権を単独保有していることを前提に(特許権を共有にすることがスタートアップの成長を阻害することについては拙著を参照されたい)、特許を活用させてスタートアップを成長させ、共同事業における収益の拡大を図ることが考えられよう。そして、オープンイノベーションのビジネス上の座組がきちんと構築されていれば、スタートアップの成長が自社の成長につながることは上述のとおりである。
他方、以下で述べるように、当該特許について適切なライセンスを設定すれば、スタートアップに特許権を単独帰属させても、大企業による成果物の使用は確保できる以上、大企業に特段の不利益はないものと考えられる。
なお、スタートアップに権利を単独で帰属させる以上は、スタートアップがEXITとして他の企業に買収された場合や、事業がうまくいかず、スタートアップが会社を清算する等、一定のメルクマールが発生した場合には当該特許権を大企業に譲渡させるといった条項を用意しておくことも検討の余地があろう。

②成果物の利用権

スタートアップに単独で特許権を帰属させる以上、大企業には無償の通常実施権を設定することは必須といえる。しかし、この実施権を、専用実施権や独占的通常実施権等の独占的なものとしてしまうことは、スタートアップが他業種企業とのアライアンス等、事業展開の可能性を狭めることとなってしまう。すなわち、自社のリソースが足りないスタートアップとしては、他社と連携して事業を進める必要性が高く、その際に連携先企業が当該特許発明を実施する必要がある場合があり、その場合に連携先企業に実施許諾(ライセンス)ができないとすると、スタートアップは窮地に立たされることになりかねない。
他方、スタートアップが第三者に自由にライセンスや販売等ができるとすると、大企業も一定のリソースを費やして成果物の創出に寄与してきたにもかかわらず、大企業のコンペティターに成果物を使用されてしまうリスクもあり、一定の制限を設ける必要があるといえる。
これらを踏まえれば、大企業には、特定領域において、一定期間の独占的通常実施権を設定し、スタートアップには、当該領域以外において自由に実施させるという形が1つの解決策になると考えられる。
上記について、スタートアップは、大企業が損益分岐点や法的リスクの観点から参入できない市場にも積極的に参入するのであって、大企業が自社で扱えない領域も多く、当該領域については、大企業にとっての機会損失が観念できない場合も多い。そのため、上記の条件でも、大企業に実質的なデメリットがないといえる場合も少なくないといえよう。

 その他、オープンイノベーションの関与の程度に応じた留意点や上記の点の詳細については、拙著「スタートアップの知財戦略」の第3章2項「大企業から見たスタートアップ」をご参照いただきたい。

弁護士 山本飛翔

Twitter:@TsubasaYamamot3

拙著「スタートアップの知財戦略」


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