東京地判令和3年10月13日(グラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材)

 本件は、黒鉛系炭素素材に関するパラメータ特許についての侵害訴訟事件で、被告らが、出願日前から、製造・販売していた黒鉛製品がパラメータの範囲内に入ることを立証することにより、公然実施(特許法29条1項2号)の無効理由があることが認定された事案である。
 数値限定発明特許の問題点は、パブリックドメインを含んだ状態で特許権が成立してしまう点である。このような数値限定発明は、当時の製品を含む形で成立していることが多々ある。その理由は、審査段階では、製品がパラメータ内に入っていることが立証されないために拒絶できず、異議申立では、匿名で申し立てることが多く、製品がパラメータ内に入ることを証明する実験結果が提出しにくいことが理由として挙げられる。
 しかしながら、出願日前の製品について測定を行い、パラメータ内に入ることを立証することにより、公然実施であるとしてパラメータ特許を無効化することは可能である。本件は、そのような事案として参考になる。

■本件特許
 本件特許権1
「菱面晶系黒鉛層(3R)と六方晶系黒鉛層(2H)とを有し,前記菱面晶系黒鉛層(3R)と前記六方晶系黒鉛層(2H)とのX線回折法による次の(式1)により定義される割合Rate(3R)が31%以上であることを特徴とするグラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材。
 Rate(3R)=P3/(P3+P4)×100・・・・(式1)
 ここで,P3は,菱面晶系黒鉛層(3R)のX線回折法による(101)面のピーク強度P4は,六方晶系黒鉛層(2H)のX線回折法による(101)面のピーク強度である。」

■被告らの立証方法
 被告らは、本件訴訟が提起された後、出願日前から保管されていたサンプルと現行の被告製品の資料を併せて、外部測定機関に測定解析を依頼した。
 測定結果は、いずれも「Rate(3R)が31%以上」という構成要件を満たすものであった。

■裁判所
 上記測定結果をもとに、公然実施の無効理由があるとして、先使用権に係る主張を検討することなく、原告の請求を棄却した。
 主な争点についての原告の主張と裁判所の判断は以下の通り。
(1)公然実施といえるかどうか
(原告)被告製品は、秘密保持契約を結んでいると考えられるので公然実施ではない。
(裁判所)一般に販売される黒鉛粉末の物性が、当然に秘密保持義務の対象になるとは考えにくい。
(2)パラメータ該当性
(原告)被告らが、被告製品を販売していたとしても、クレームのパラメータに該当するかどうかどうかは判断できなかった。
(裁判所)X線回折法は、一般的な分析方法であり、公然実施の成否を左右しない。
(3)保管サンプルについて
(原告)被告らが測定の対象としたサンプルが、当時から保管されていたサンプルであることを争う。
(裁判所)製品のサンプルが長期保管されることは十分に想定しうることである。
(4)測定方法の適否
(原告)保管サンプルの測定方法が、適切な解析条件を設定せずにした解析に基づくものである。
(裁判所)当該分野に専門性を有する外部測定機関による分析であり、測定方法は適切である。

■コメント
 公然実施品の測定は、パラメータ特許を無効化するのに、有効な反論材料となる。公然実施品と同じ製品を現在も継続して販売していれば、現行品を測定することも有益である。
 本件では、公然実施品の測定について、一通りオーソドックスな反論がされたが、裁判所はいずれもそれを斥けている。特に、X線回折法は確かに一般的な分析方法であるが、解析結果をパラメータ化したクレームであるにもかかわらず、その点も公然実施とあっさり認めた点は興味深い。
 なお、パラメータ特許が請求項の訂正により新規性を回復した場合は、進歩性欠如の議論になるが、そうなると無効化することは格段に難しくなる。特許権者がそのような訂正をしなかった理由は分からないが、適切な訂正がなかったのかもしれない。新規性の議論が勝負になれば、パラメータ特許は非常に脆弱であるといえる。実際には、訂正により新規性を回復させ、進歩性で争うケースが多いといえよう。

■判決文
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/941/090941_hanrei.pdf


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