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蛮族のためのアニメ月評

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毎月第4月曜の19:00にアップしている声優/アニメに関する評論集です。
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#コンテンツ会議

映画『トラペジウム』におけるエゴイズムの再評価:客観的指標の不在と横溢する自意識の肯定

※本記事は映画『トラペジウム』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。 はじめに 究極的に、アイドルはエゴイストでなければならない。エゴイスト同士がぶつかり合い、しのぎを削るアリーナ、それこそがアイドルの世界である。この異種格闘技戦によって育まれるのが、多様性と呼ばれる水平的な散らばりである。その意味で、アイドルの世界は外界への準用の可能性を秘めている。  2024年5月10日に劇場公開されたアニメ映画『トラペジウム』は、高校生のアイドル活動の蹉跌を題材にとり、

『大雪海のカイナ ほしのけんじゃ』における惑星地球化の想像力について:大地への固執、技術への陶酔、歴史への対峙

※本記事はアニメ映画『大雪海のカイナ ほしのけんじゃ』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。  まずは、己の不明を恥じなければならない。TVアニメ『大雪海のカイナ』(2023年1月期)が完結編にあたる劇場版で大化けするとは、正直なところ思いも寄らなかった。本作は漫画家の弐瓶勉を原作者に迎え、ポリゴン・ピクチュアズ設立40周年記念作品として制作されたポスト・アポカリプス作品である。本作は文明が衰退し、雪海と呼ばれる白い堆積物に沈んだ惑星を舞台に、人類が軌道樹と呼ば

『しん次元!クレヨンしんちゃん』が投げかける難問:「がんばれ」と言いにくくなった時代に、それでも「がんばれ」と言うのはなぜか

 2023年8月4日に劇場公開された『しん次元!クレヨンしんちゃん THE MOVIE 超能力大決戦~とべとべ手巻き寿司~』(以下、『超能力大決戦』と略記)は、『クレヨンしんちゃん』シリーズ初の3DCGアニメーション映画である。制作期間7年をかけて2.85Dに調整された3DCGに違和感はなく、本作は看板に偽りなしの「しん次元」を堪能できる挑戦的なアニメ映画に仕上がっている。だが、それとはまた別の意味で、本作は挑戦的な作品だった。ギャグは冴えておらず滑りぎみで、全体を通して爽快

TVアニメ『お兄ちゃんはおしまい!』について:現代の興奮依存症と漂流する「男らしさ」の行方

 2023年3月に放送が終了したTVアニメ『お兄ちゃんはおしまい!』(以下、『おにまい』と略記)は、ひきこもりの成人男性がある日突然美少女の姿を手に入れ、女子中高生コミュニティのなかでセルフケアと社会性を身につけていく様子をコミカルに描く作品である。本作をたわいない性転換(TS)コメディの一つにすぎないと片付けるのは簡単だ。しかし、画作り・文藝の両面から見て、本作は良くも悪くも男性の「劣化」を的確に写し取っており、真剣な分析に値すると考える。本作は、童顔とグラマーなスタイルを

TVアニメ『解雇された暗黒兵士(30代)のスローなセカンドライフ』について:現代の貴種流離譚における女性の排除

(2023年7月11日追記:過去に執筆した文章を読み返し、一部の表現に反省すべき箇所があったと判断したため、本文に修正を加えました。)  2023年3月に放送が終了したTVアニメ『解雇された暗黒兵士(30代)のスローなセカンドライフ』は遅咲きの作品だった。物語が大きく動き、タイトルに掲げられた「スローなセカンドライフ」の真意が明らかになるには、第10話を待たなければならなかった。しかも、本作の描き出す「スローなセカンドライフ」は一般的にイメージされがちな「スローライフ」――

TVアニメ『アキバ冥途戦争』におけるアキバブームの刻印:メイドに関する偽史的想像力をどのように考えるべきか

※Twitterでの指摘を受けて、本稿の文末に追記を加えました。  2022年12月に放送が終了したTVアニメ『アキバ冥途戦争』は、加藤智大による無差別殺傷事件(2008年6月8日)を生むような秋葉原の都市構造の変容を前提とした、マッチポンプ的な作品だった。  本作は「萌えと暴力について」というキャッチコピーを引っ提げて、秋葉原でメイドとして働く女たちがヤクザ映画さながらの殺し合いを演じる様子を余すところなく描き出す。1999年の秋葉原を舞台に繰り広げられるのは、メイドカフ

TVアニメ『恋愛フロップス』が示唆する美少女ゲームの帰趨:東浩紀『動物化するポストモダン』の再検討を通じて

はじめに 2022年12月に放送が終了したTVアニメ『恋愛フロップス』は、「お嫁さん候補」である5人の美少女から言い寄られるという多情な状況を下敷きにして、多層的に悪趣味な構成をとったオリジナルアニメであった。本作は、新味に欠ける「美少女ゲーム」的な布置のラブコメディが展開する前半部と作中の入れ子構造の種明かしを行う後半部に分かれているが、全体を通じて徹底的にお下劣な文芸と意匠で飾り立てられており、美少女ゲームの持つ猥雑さを視聴者に再認識させてくれる。  前半部では、「聖キク

TVアニメ『シャインポスト』と『Extreme Hearts』の明暗:アイドルアニメから見えてくる才能・努力・自己肯定感の連関

はじめに 2022年7月期に放送されたTVアニメ『シャインポスト』と『Extreme Hearts』は、どちらも女性アイドルグループの奮闘を描くことを通じて、ありのままの自分を受け入れることの尊さを謳い上げた作品だった。しかし、視聴者に投げかけられたメッセージの表層とは裏腹に、この二作品は人間の才能について対照的な理解を示しており、結果的にアイドルアニメとしての巧拙が際立つことになった。  『シャインポスト』は、株式会社コナミデジタルエンタテインメントが手掛けるメディアミック

TVアニメ『ビルディバイド』の健全なる人間讃歌:「春のとまりを知る人ぞなき」についての一解釈

はじめに 2021年10月期と2022年4月期に全24話が放送されたTVアニメ『ビルディバイド』は、実にいぶし銀のカードバトルアニメであった。  本作は株式会社アニプレックスが初めて手掛けるTCG×オリジナルアニメーションプロジェクト「ビルディバイド」の一環として制作・放送されたオリジナルTVアニメだ。本作では、ビルディバイドの強さがすべてを決する街・新京都を舞台に、新京都を統べる「王」と呼ばれる存在にまつわる種々の因縁が描かれる。新京都はビルディバイドの優劣による秩序を社会

高咲侑と伝道する12人の使徒:TVアニメ『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』第2期が示したアイドルアニメの新常態

※本記事は2020年12月28日に公開した『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』第1期評の続編です。前回記事も併せてお読みください。 はじめに TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』(以下、『ニジガク』と略称)は「アイドルアニメ」ではない――筆者はそのように『ニジガク』第1期評を書き出した。しかし、筆者は『ニジガク』の真の実力を見誤っていたのかもしれない。2022年4月から6月にかけて放送された『ニジガク』第2期は「アイドルアニメ」の新常態を示

TVアニメ『勇者、辞めます』における「甘え」の再評価:実存主義と「職場」の現象学のはざまで

はじめに 2022年6月に放送が終了したTVアニメ『勇者、辞めます』は、西洋哲学的な実存主義(existentialisme)の過酷さを真正面から捉え、そこからの脱出経路を日本的な「職場」に求めた意欲作と言える。  本作の主人公、レオ・デモンハート(CV: 小野賢章)は性格にこそ難はあれど、実力は折り紙付きの勇者である。レオは「王国騎士の称号を持ち、あらゆる武具に精通し、魔術師としても超一流」であり、聖都の「賢者の石」を求めて人間界へ侵攻してきた魔王軍をたったひとりで壊滅に追

TVアニメ『東京24区』が謳い上げた市民的公共性の価値:前門のトロッコ問題、後門の神がかり的「美少女」礼賛

はじめに 2022年4月に放送が終了したTVアニメ『東京24区』はいまどき珍しく、熟議民主主義的な話し合いの方向を指し示す作品であった。  2022年1月期は、CloverWorksが制作するTVアニメが3タイトル同時に――『その着せ替え人形は恋をする』、『明日ちゃんのセーラー服』、そして『東京24区』――放送されていたクールであった。『着せ恋』と『明日ちゃん』が作画から心情描写にいたるまで、多くの視聴者から熱狂的な称賛を浴びた一方で、『東京24区』は冬季のCloverWor

TVアニメ『錆喰いビスコ』の菌糸的想像力:「きのこ的生き方」を媒介する声について

はじめに 2022年3月に放送が終了したTVアニメ『錆喰いビスコ』は、きのこという神出鬼没のモチーフを巧みに料理し、バディものの文脈に乗せながら、画面上で派手に咲かせた意欲作である。  本作は、有機物・無機物を問わずすべてを錆び付かせる「錆び風」が吹き荒れる近未来の日本を舞台として、がらっぱちの「キノコ守り」の少年・赤星ビスコと美貌の少年医師・猫柳ミロが繰り広げる冒険活劇だ。防衛兵器「テツジン」の暴走によって東京を爆心地とする大穴があき、それをきっかけに「錆び風」が吹き始めて

TVアニメ『異世界美少女受肉おじさんと』に見るホモソーシャルな欲望:「ボーイズクラブ」問題の表層/深層

はじめに ホモソーシャルとホモセクシュアルは紙一重の差である。2022年3月に放送が終了したTVアニメ『異世界美少女受肉おじさんと』(通称『ファ美肉おじさん』)はそんなことを改めて認識させてくれる作品だ。  本作は「おっさんと元おっさんのラブコメ」である。小学生の頃からの幼馴染である会社員の二人・神宮寺司と橘日向(ともに32歳)は合コンの帰り道、愛と美を司る女神によって魔王を打ち倒す勇者として異世界に召喚される。しかし、一つの大きな問題が二人の前に立ちはだかる。橘は合コン撃沈