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自分の点数

自分に点数をつけると何点だろう?

ふとくだらないことを思った。
くだらないことというのは唐突に頭に浮かぶものだ。

くだらないとは、真面目に取り合うだけの価値がないこと。
そもそも自分に点数をつけたところで、何の意味があるだろう。
だいいち点数の根拠なんてどこにあるのか。
ところが、ふと数字が頭に浮かんだ。
30点。
ふと浮かんでしまうものは、しょうがない。

30点といえば、忘れもしない、中学に入って最初の中間試験の数学が30点だった。
憶えている限り、試験でとった点数の自己記録最低点である。

これには理由があって、試験が始まってすぐに、急に行きたくなってしまったのだ。
数秒前までは何も感じていなかったのに、不意打ちを食らわすトイレ信号が出始めた。なぜ……?
そこで躊躇せずに「先生、トイレいいですか?」とでも言えばよかったものを、とりあえず我慢するほうを選んでしまった。
だっておかしいじゃない。休憩時間が終わったばかりで「先生、トイレ!」だなんて。
とにかく、相当やばくなったら言えばいいや、と気を取り直し試験問題に向かった。

はじめのうちは、問題を解いていると信号を感じなくなっている間(ま)がある。だが、信号を意識してないと気づいた途端に、トイレ信号は前より増して警笛を大きく送ってくるようになる。
トイレ! トイレ! トイレ!
やばくなったら言えばいいや、は甘かった。
緊迫度が増すにつれ言い難くなるばかり。時間との忍耐戦にもつれ込んでしまった。

終了のチャイムが鳴ったら、解答用紙を前の子に渡して自分の席を立つ。そうしたら教室の扉を開けて廊下に出る。それからそれから、静々とトイレに向かって……。
腕時計をチラチラ見つつ、トイレに行く自分を何度もシミューレーションする。
試験の答えは一応すべて書き込んだものの、頭の中は無事にトイレに辿り着くことでどんどん占領されていく。
答えを見直す時間はあっても余裕はない。
トイレに行くことしか考えられなーい。

返ってきた試験は30点。
トイレを我慢すると、こんな点数になるのか!
ショックより驚きのほうが大きかった。
親に見せるにはかなり勇気が要ったけれど、忍耐戦で間に合ったことのほうが自分には大事。
それと、この点数以降、60点台・70点台に免疫がついて平気になった。
できるときにはできるが、できないときもあるのさと。

ふと自分につけた30点。
試験の最低記録に並ぶ点数。
これに意味があるのかないのか、くだらないことを分析してもくだらない。
そうか、30点か。
30点の感じはするなあ。
30点だよなあ、自分。
そんなふうに独りぼんやり思っているところへ、よく知るライター氏が現れた。

「自分に点数をつけてみたら、30点と出ました」
唐突に報告すると、
「それは低い。僕が点数をつけ直してあげましょう」
ときた。
「では、お願いします」
「うーん、78点」
「お!それはすごい!」

もうちょっとで80点というところがミソなのだそうだ。
なかなかよい点をつけてくれたお返しに、ライター氏にも点数をつけてあげることにした。
「うーん」
と頭に浮かんだ数字で「83点」。
「おぉ!」
ライター氏もご満悦の様子。

それ以来、ときどき今日の自分に点数をつけるのが“独りでブーム”になっている。
うーん、今日の自分は……、と。
これを書く前は64点だったのが、今は73点。
ほんのお遊びではあるけれど、100点の日も来るのだろうか。

≪🌐11*0724*P15📒230724≫

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