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ネガティブコミュ障にメガネを。


世界で最も偉大な発明って何だと思いますか?
いきなり面接みたいな質問してすみません。
この問いは高校のころの英語の教科書にあった問題のはずです。回答を英語で書く、みたいな。
当時は「火」だとか当たり障りのない回答でテキトーに書いてましたね。

あれから数年、今同じ問題を投げかけられたら速攻でこう答えます。

世界で最も偉大な発明の一つは、メガネです。と。

なにがすごいって、世界から障害を一つなくしているんですよ。
それは視力低下という障害。
失礼を承知で言いますけど、視力が超低い人ってそのままでは現代社会ではとても生きていけないと思うんです。
文字は読めないし、人の顔はわからない。物の位置や距離感も把握できないから怪我だってする。まさに不自由だと思うんです。
でも、メガネがあれば普通の人と同じように過ごすことができるんです。
そりゃ、パイロットとか一部の特殊な仕事は別ですけど、メガネだからダメってものはほぼないはずです。
メガネがなければまともに生活できないのに、ですよ。すごくないですか?

しかも、メガネかけてることについて偏見を持つ人なんていないんです。
むしろ偏見を持つような人の方が白い目で見られるくらい。
つまり、メガネをかけることによって、完全に普通の人になれるんです。

さらにですよ、目が悪くなった人に対して人々が言うことが「メガネ買いなよ」なんです。
視力上げろとか直せとかじゃないんです。メガネ買いなよ、なんです。
つまり、ある意味「視力悪くなってもいい」って人に言わせるようなアイテムなんですよメガネは。
ヤバくないですか?ある意味最強の救済アイテムなんです。

視力悪くなっても救済があるってことは凄いことなんです。
逆に考えてみましょう。もしメガネがなかったら、視力下がったら不自由に苦しむか視力上げるトレーニングするしかないとしたら。

まず、人々は視力低下を恐れます。
すると、視力低下をもたらすもの、例えば本とかパソコンとスマホとかを避けることになります。
それこそゲームなんか「視力下がったら一生不便になるぞ」という脅し文句とともにタバコ並に害悪扱いされます。                すると、画面を使用したものや技術は廃れていきます。
どうでしょうそんな世界。まさに現代社会から逆行しています。
それこそプログラミングなんて視力という貴重な生命資源の犠牲とともに生まれるもの。超絶危険作業になるわけです・
そんな世界からは現代のようなIT社会は絶対に訪れなかったと思います。
それはそれで新しい世界にはなったかもしれませんが、少なくとも今ここにあるような視覚情報飛び交う世界にはならなかったと思います。
メガネが現代社会を作ったと言っても過言ではないんじゃないでしょうか。
メガネ、スゴイ!

と、メガネの功績について熱く語りましたが、私は別にメガネが好きなわけではありません。メガネフェチでもないです。
何なら、健康診断の度にメガネの作成を強く勧められますけど、普段の生活でメガネなんか使わないくらいです。

ではどうしてメガネの話をしたか。メガネが解決する視力という能力、私がテーマとしているコミュ障とネガティブに似ているからなんです。
類似点は大きく二つ。

まず一つ目。障害という認識。
検索エンジンで「ネガティブ」と入力したら、その後の候補に「改善」と出てくるように
コミュ障に至っては文字通り障害と言われているように
どちらも欠けていることで生活に支障が出てくる能力として扱われているんです。
そしてそれは視力低下と同じように、多くの人がその「障害」に悩んでいるということになります。

次にその基準の曖昧さ。
視力検査という指標で視力を数値化することはできるけど、ではどこからが目が悪くて、どこからが目がいいのかが曖昧。
自動車免許では一応線引きがされているものの、日常生活において明確な線引きはない。
漠然と視力下がったなーという感覚はあれど、明確になんとかしなきゃと思うラインはない。
つまり、グラデーションのグレーゾーンが広いということ。
ネガティブは行きすぎたら鬱という深刻な病に陥るし、コミュ障も本当に発達障害に結びついているかもしれない。かといって多くの人には自分がどの程度なのかという認識がない。だから問題になる。
一応医学的には明確な基準はあるかもしれないけれど、多くの人が不安や暗い気持ちを背負いつつ、コミュにケーションに不自由を感じつつ、普通の人として振舞っている。
基準が曖昧だから「このままじゃヤバい」と危機感で心を押しつぶしちゃう人もいるし、「自分はまだ大丈夫」と深刻な状況に目をつぶる人がいる。

ざっくりまとめると、生活に支障が出るはずだけど基準がぼんやりしてはっきりしないから漠然と不安や無理を生み出しているという状況。
つまり、ヤバい。

だからコミュ障改善とかネガティブ脱却だとかの話が流行るわけだけど、それで解決しないのはこの状況が物語っている。
でも、メガネにあたるものさえあれば全て解決する。
なぜなら、無理に改善しなくてもそれさえ身に着ければ問題がなくなるのだから。

ということで、このブログでは「ネガティブ・コミュ障にメガネを」をスローガンとして、ネガティブやコミュ障な自分はそのままに、その不利益を何とかすることを考えていきたいと思います。
改善ではなく対策として、頑張って我慢や訓練をしなくても苦しまなくて済む何かを発信できることを目標にしていきます。

まぁ、あくまで方針ですからね。本当に思った通りにできるとは限りませんよ。


と、いきなり方針をぶちあげたところでテーマ画像を作ってみました。やっぱり様になりますねー。

実のところ、テーマ画像あった方が人気出るかなーと思ったのが今回の記事を作ったきっかけです。
じゃあ画像作るにあたってスローガン決めないと、と一週間くらいで考えたのがこれ。「ネガティブ・コミュ障にメガネを」です。
もっといいのがあれば変えるかもしれません。
で、ヘッダー画像作ってたので投稿に日が空いてしまいました。ただの言い訳です。

でも、思いは本物ですよ。メガネをかけるようにネガティブやコミュ障の方が楽に過ごせればいいと思ってます。
ではみなさん、「ネガティブ・コミュ障にメガネを」

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