前世の約束11

1997年夏僕は進路の方向性も決まり、部活も終わり、夏休みは専門のためにと慣れない机に向かい勉強をしていた。人は目標というものを持つと、こうも変われるものなのだと思える位、人が変わったように机に向かう。だがやはり泉のためにという思う気持ちが強かった。
コンコンと僕の部屋のベランダの窓をたたく音がする。
泉 「頑張ってますねー。」
伊緒「人生一度位頑張らなきゃね。」
泉 「差し入れ持って来たよ。」
夏休みに入り泉は毎日来てくれた。僕はそれが生き甲斐だった。僕は泉を泉は僕を必要としている。僕は泉を彼女としては見ていなかった。お互いに親にはろくに愛情をそそがれて生きていなかったせいか、僕らはその分の愛情を互いにぶつけあっていた。そう僕にとって泉は家族以上の存在。僕にとって泉は世界でただ一人の血のつながってない家族だ。泉もそう思っている。聞かなくても僕には分かる。今ならちょうど一年前、合宿で泉が言っていた「気持ちが大きすぎる」の意味が分かる。
泉 「今日は天気もいいし、気晴らしに外でもちょっと歩かない?」
泉は勉強に飽きかけていた僕を誘ってくれた。僕の住んでいる上尾という町は駅前にはデパート位あるが、数キロ離れると畑だらけで牛もいるような町だ。当然僕の家の周りもそんな感じだ。家をでて泉とその見慣れた町を歩くと普段気付かない景色が目に飛び込んでくる。勉強している時は気付かなかったが蝉の声がそこらじゅうで聞こえていた。泉と数分歩くと偶然僕の通っていた小学校の前に来た。
伊緒「ここの小学校通ってたんだ。」
泉 「へぇー入ってみようよ。」
泉に誘われ小学校に入った。ここに来るのは何年ぶりだろうか?古美れた校舎。学校の中心にあるユズリハ。校庭の周りにある桜の木。ペンキのはがれかけた鉄棒にジャングルジム。僕が6年前卒業した時のままだ。僕はあの時から時間が止まっているかの様な錯覚に捕らわれた。僕は隣にそっと目をやる。泉がいる。また奇妙な錯覚に捕らわれた。それはデジャブと似たような錯覚だった。
泉 「どうしたの?」
泉の言葉で我に返る。
伊緒「嫌、何でもない。」
伊緒「それよりどう?」
泉 「何が?」
伊緒「俺が6年間通っていた学校だよ。感想ないの?」
泉 「感想?うーん。伊緒がここで育ったんだなっーてなんだかわかる感じ。」
伊緒「そっか。」
僕は笑った。
泉「なんかへーん。」
泉も笑った。泉が僕を連れ出してくれて、僕は今まで見えていなかったものが見えたような何とも言えない収穫があった。これからの泉と歩む人生。頑張ろう。僕は思った。
二学期に入り部活は終わり放課後、僕は週二回程度の個人授業を受けるようになった。泉は僕が授業を受ける日はいつも僕の部屋で待っていてくれた。
伊緒「ただいまー。」
泉 「大変だね。」
伊緒「今までやってなっかったつけが回ってきただけだよ。」
泉 「伊緒は何のためにそこまで頑張るの?お父さんのため?」
伊緒「自分のためかな。」
泉 「具体的にどういう意味?」
伊緒「今まで生きてきて自分なんかどうでもいいと思ってた。でも高校入って泉に出会え   た。自分がこのままじゃいけない。人のために頑張ろうと始めて思えた。それが泉だったり親だったり。泉が切掛けになったんだ。自分でも自分が変わっていくのが手に取るように分かった。」
泉 「じゃー具体的にはお父さんと私のために頑張っているの?」
伊緒「泉は具体的にしたがるね。あくまで俺は今自分のために頑張っている。」
泉 「・・・・。」
伊緒「ようするに泉に出会って自分そのものが変わったんだ。水を得た魚のように。」
泉 「私ね、なんか最近不安になるの。伊緒は今頑張っている。何か私だけおいてかれた様な不安が・・・・。」
伊緒「泉は泉だろ?俺は泉のおかげで変われた。俺は魚、泉は水。水がなければ魚は生き   られない。」
泉 「でも魚は自由に動き回れるわ!」
伊緒「魚は水のない所には行けないよ。安心してくれ!」
泉 「なんだか少しだけ安心した。」
伊緒「少しだけ?」
泉 「もうすぐ体育祭だね。」
泉は話題を変えた。この時僕は泉の内心は安心してると勝手にそう思った。
伊緒「そーだね。競技何でるの?」
泉 「私は障害物競走。」
伊緒「泉っぽいね。」
泉 「何それーどういう意味?伊緒は何でるの?」
伊緒「俺はパン食い競争。」
泉 「えー似合わない!伊緒がパン食い!?」
伊緒「そう?自分では一番自分らしい競技選んだつもりだけど。」
泉は笑った。よっぽど可笑しかったのか?泉は僕に対してどういうイメージを抱いているのか?それにしても、もう体育祭の季節だ。泉が隣にいる人生はなんだか全力で走っているように早く感じた。このまま全力で走って行ったらこの先に何が見えるのだろうか?この時の僕と泉が知る訳もない。

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