交わらない

僕なら何でもひとつ、願いを聞いてあげられる。そうしたら君は何を願う?

その時の僕には賭けだった。
けれどきっと望む答えが返ってくると疑わなかった。
この先に待っているのはハッピーエンドなのだと。
そうして少しの期待を込めて覗き込んだその目は、しかし僕からすっ、と視線を外し、彼女は伏し目がちに自分の腕を撫でながら、
「願いごと…か。私には難しいな。今でもすごく幸せだから」
と申し訳なさそうな笑みを見せた。
僕は「どこが」と言いそうになるのをぐっと堪える。
彼女の目が何だか今にも泣き出しそうに見えて、今僕が反論したら、彼女は泣くんだろうという確信めいたものがあったから。それは絶対に嫌だった。
彼女が自身を慰めるように撫でるその腕は痣だらけで、きっとその真っ白なブラウスの中や、決して見せようとはしない脚も痣だらけで、それは大変に痛々しい。

初めて彼女の身体に痣を見つけた時、大丈夫?と聞いたことがある。
どう見ても大丈夫な見目ではなかったのに、深く思ってもいない決まりきった定型文を発した当時の自分を、今なら殴り飛ばすところだけれど、それを受けて彼女は、
「大丈夫だよ。私がいないとだめなの、あの人…」
と、自身の腕を撫でながら、慈しむように柔く微笑んだのだ。

それがとても綺麗で、その時初めて、僕は彼女に淡いものを抱いたのだ。
これを恋と呼ぶには純粋さの欠片もなくて、多分どこにも行き場はなくて、そんな自分を知られたくない僕は、その気持ちを見ないふりをした。


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