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【フリー時代-1】スイーツの常識を変えた(ピュッタンな)天才たちを偲ぶ話。

あの日の回想

その仕事に関わっていた皆が、何者にもなれずに、ただ、物を作ることだけの愛情を掴んで戸惑っていた。
そして、今も迷っている。おそらく一生迷い続けるのだろうという予感を抱えながら。

クリスマス過ぎたら、辞めます。
微かに笑顔。
じゃ、餞別に、チラシ作りますよ。(笑)無料です!その代わり、儲かったら、また、使ってくださいね!
この次は、料金いただきますよ。

最後に作ったチラシは、ガタガタの運営と一緒で、致命的な誤植、金額の間違いあり。
Hさんは、笑いながら、訂正して配ります!と言ってくれた。
そんなワンシーンを思い出していた。

夏季休暇をもらって墓参りに向かう。
私の親戚の家はお寺。
8月15日は、繁忙期(笑)なので、その前に、手土産を持って帰省する。

福岡の百貨店の地下をうろついていて見つけたショップには、かつて、スイーツの常識を変えたロールケーキがあった。
ロールケーキブームの火付け役となり、一世風靡した大量のクリームをスポンジで一巻きのロールケーキだ。
そのショップは、いまだに人気のようで、午前中のものは、11時を待たずして売り切れ。
同じ種類は二本なかったので、違う種類を一本ずつ買って、手土産にした。

常識を変えたロールケーキに翻弄された人たち

そのロールケーキを発案した彼、Aさんは、かつて私がフリーでデザイナーをやってた時のお客さんだった人だ。
イタリア・フランスにて八年の修行の後、四年に一度の料理人のワールドカップと言われる大会に参加。
1400名中、世界3位の日本人初のメダリストとなった。
それがAさん。そのロールケーキを作った経緯についても、あれは、偶然だという話が面白い。店舗のオープンに、慣れない店主。
Aさんに助けてやってくれという要請が来て、様子を見にいくと全く準備が間に合ってなくて、ロールケーキのスポンジが足りません!と報告を受けたAさん。
彼が、やけっぱちで一巻き!一巻き!と、スピーディーに、端的に指示を出し、作業を行った事が、味わい豊かなインパクトのあるロールケーキを生む。

その作り方は、元々、軽く柔らかなクリーム、それに適合したスポンジのクオリティが高く、味と、食感を際立たせ、そのインパクトのあるカタチと味わいでファンを量産していく。
口コミは拡がり、亜流や、模倣を生み出し、コンビニでさえ、ロールケーキは、一巻きのそれになった。
そして、彼は、いろいろな経緯があって、独立、自分の名前を冠した店を持った。

オーナーAさんが任命した新しいその店のチーフパティシエのHさんは、酒好きでいつも笑顔が顔に張り付いているかのようなお人好し感満載の人。
あまりにもお人好しすぎて、雰囲気がいつも酔っ払っているみたい。
彼が作るスイーツも、色使い、ネーミング、遊び心。全てが斬新で、甘くて豊かな美味しさがいっぱいに広がっていく。そんな、スイーツを生み出す、この人も天才だと思った。

受賞歴、輝かしいオーナーAさんに負けず劣らず、そんな彼も才能がある人で、ニヤニヤしながら、スイーツに小さなイタズラをいつも仕掛けていた。

夢中になった彼らの作品。
見いだされなかった彼らの作品

彼らは、その当時、全く料理ができない私から見れば、魔法使いだった。
ビジネスと言う、金銭に集約する成果に固執しない、いつも、何か企んでいるかのような軽さ。それが、眩しくてとても羨ましかった。

下の写真は、彼らが作ったスイーツの写真。

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プリンに醤油と混ぜたらウニになるって言う噂、知ってます?
デザイン、それなんです。(笑)
それで、イクラも載せてみました。
これ、プリンなんですよ。
醤油はカラメルと、イクラは?
卵にみえるのは…?
教えてもらったけど、もう、昔で忘れてしまった(笑)

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これ、凄く甘いでしょう?
一口でもういいっていうくらいの甘さ。
ピュッタンショコラって言うんです。
ピュッタンってフランス語でクソッタレって言う意味なんですよ。
本当に、このチョコレートケーキは甘かった。
でも、本当に甘いものが欲しい時には、ふと、その喉の奥まで甘くなるような味を思い出す。
くそったれな甘さが本当に懐かしくなる。

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シュークリームって四角でもいいとおもいません?ここに、フルーツと、クリームをギッシリ詰めると、ビックリするでしょ?
これ、試作品なんで、クリームだけですけど…。
外側がカリカリのシュークリーム。
クリームの中にオレンジやフランボワーズなどをぎっしりと詰めた、シュークリーム。
甘くて、柑橘の爽やかな酸味などが、口いっぱいに広がる。


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これ、上の炙ってある飴、弾けるキャンディなんです。

パチパチ弾けるんです。
食べた時、ビックリして笑顔になる。
Hさんの話とその豊かな味わいに、私はいつも笑い出し夢中になった。

Hさんと、オーナーさんの話は、クリームや、生地の話に及ぶと熱を帯びる。
湿気、気温。これが、ピッタリ来た時に、最高の出来のロールケーキが出来る。年に一回あるかなぁ?

作ることに、とても熱心な彼らだった。
ため息が出るほどのクオリティのスイーツを生み出したショップなのに、そこに、お客さんは、いつも疎(まば)らだった。
それでも、Hさんは、ニコニコ。

創造とお金のバランスの崩壊

ある日、支払いの遅れがあった。
請求書、送ってなかったかなぁと、確認の電話をした。
ああ、もう一度送ってくれます?と、オーナーさんから返事。
その後、私が、紹介した看板屋さんからも電話がかかってきた。
あそこ、看板の代金、どうなってますか?全然連絡取れないんですけど…。
なかなか、振り込まれない金額。
支払われない、看板の設置費用。

チーフパティシエのHさんに相談した。
なんだか、デザイン代金が振り込まれないんですけど。と言うと、ニコニコしていた顔が、初めて曇るのを見た。

すみません。実は、僕の給料も、支払われてないんですよね。
口座見てないから、わからないけど、今迄、真っ当な金額入ってたかどうかもわかんなくって、今日、記帳に行ってこようと思ってます…。

才能がある人間は、何処かが欠けている。

Hさんは、自分の価値を、確認することなく、楽しい仕事が出来る!と言う事のみを報酬として働き、あとは、酒が飲めれば幸せな人だった。

クリスマスがやってくる。

さよならと、どうにも半端な餞別と

Hさんは、売り上げを立てたいのに、その術が無かった。
作成した看板代金も未払い、チラシ代金も未払い。
私はというと、看板を設置してくれた業者さんに、申し訳程度の金額に分割してその代金を肩代わりして支払っていた。
私が、紹介した責任として、知り合った人に、損させたくないという気持ちと、仕事を今後、その看板屋さんに受けてもらえないかもしれない恐怖があった。何よりも、私が不払いに絡んでいるという事態が、悪い噂に繋がらないかが恐ろしかった。
それくらい、フリーの経済的基盤は不安定なものだと思っていた。
それを理解しようとしない妻とは連日大げんかをする。
なぜ、私が、裏切られた人の借金を払っているのか。
そもそも、こちらにも支払いが行われていないじゃないかというのが、妻の言い分である。
喧嘩になるので、こそこそと、毎月入金に出かけて行った。
何度か、領収証を見つかって、また、喧嘩になった。

誰もが、幸せにならない。
そのショップは、ひとり、また、ひとりと人が辞めていき、Hさん、一人になっていく。

クリスマスが過ぎたら、辞めます。
微かに笑顔。
じゃ、餞別に、チラシ作りますよ。(笑)無料です!その代わり、儲かったら、また、使ってくださいね!
この次は、料金いただきますよ。

最後に作ったチラシは、ガタガタの運営と一緒で、致命的な誤植、金額の間違いあり。
Hさんは、笑いながら、訂正して配ります!と言ってくれた。

そして、クリスマスの後、店舗は、なんの報告もなく、立ち消えるように無くなっていた。
いまだに、その店の前を通る時、ちょっと覗き込む癖は無くならない。
店舗の外観も、運営も、全て変わった後なのに。

ビジネスには、向き、不向きな人間がいる。
全てを効率的に考え、真っ当に生きることのできる人間。

寝ても覚めても、そのことを考え続けているくせに、全く生活が成り立たないフリークな化け物みたいな人と。
私は、そんな天才達が、道を誤るという不幸を考える。
オーナーのAさんの自己破産の書き留めが届いたのは、何年前の話だったろう。
ただ、疲労感だけが残った。
その頃には、もう、看板の代金の返済も済んでいたし、不器用な経営のフリーランスも辞めて、会社員になっていた。
どうしてるだろうとは思ったが、もう、連絡を取るほどの関係性でもなかった。

空を仰ぎながら、パティシエのHさんのチョコレートケーキを説明する言葉をつい、思い出す。
これ、凄く甘いでしょう?
一口でもういいっていうくらいの甘さ。
ピュッタンショコラって言うんです。
ピュッタンってフランス語でクソッタレって言う意味なんですよ。

本当に、そのチョコレートケーキは甘かった。
でも、本当に甘いものが欲しい時には、ふと、その喉の奥まで甘く、胸焼けするような味を思い出す。
くそったれな甘さが本当に懐かしくなるんだ…。

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当時私が作成した、今はなき、スイーツショップのロゴマーク。


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