「だからって」(ASKA)レビュー ~勇敢と臆病が行き交う裏に込めた想い~
昨年の11月から私の車では毎日、ASKAのアルバム『Wonderful world』が流れ続けている。
どの楽曲も魅力的なのだが、最近特に魅力を感じるのが「だからって」だ。
アルバムの中ではかなり地味な部類の楽曲なので、発売当初は、さほど印象に残っていなかった。だが、毎日聴いているうちに、この楽曲が心に訴えかけてくる力に魅了されるようになった。
ASKAがアルバム発売時のインタビューで、この曲は人気曲になっていくと予想していた気持ちがようやくわかってきたわけだ。
https://e.usen.com/interview/interview-original/aska-wonderful-world.html
「だからって」が最初に世に出たのは、2020年3月18日である。
ASKAが自身のYouTubeチャンネル『Burnish Stone ASKA』で楽曲制作1・2日目の音源動画を公開したからだ。
楽曲制作1・2日目
既にメロディーがCメロも含めたフルバージョン仕上がっていることが分かる。
Logic Pro Xというデジタルオーディオワークステーションで楽曲の軸になるリズムとメロディーが1曲分。ASKAがスキャットで歌い上げている。
2日間で歌詞以外は完成と言っても過言ではない出来栄えに、驚かされたものだ。
そして、ASKAは、3日目にギターとコーラスを入れた音源を再び公開する。
楽曲制作3日目
楽曲に厚みが加わって、あとはこれに歌詞が乗れば完成という段階だ。
ASKA自身、ブログで2020年7月にシングルリリース予定と書いていたので、4月には完成するのだろうと思っていた。しかし……。
玉置浩二との即興歌唱動画を最後にこの楽曲の情報は2年以上途絶えてしまう。
次に情報が出たのは、2022年6月3日。
ASKAがブログで松井五郎に歌詞の共作依頼を送ったことを明かしたのだ。
そして、6月8日には完成を報告。
7月24日にはメインボーカルの歌入れ、7月27日には歌入れが完了している。
1曲が出来上がるまでの過程をYouTubeとブログでリアルタイムの情報発信があった曲は、これまでになかった。
つくづく面白い経緯をたどって出来上がった楽曲だな、と感慨深い。
私も、小説を書くので分かるのだが、創作が途中まで進行して行き詰まってしまうと、完成させるのは今じゃないな、という感覚になってしばらく放置することがある。何年か後に思い出したように制作を再開させると、あっという間に完成してしまう。なんて経験が意外とあるのだ。
この楽曲は、ASKAが松井五郎の個展に行ったのをきっかけに共作を持ちかけ、2年間完成しなかった楽曲がわずか数日で完成してしまった。楽曲の運命とは不思議なものである。
そんな「だからって」の最大の魅力は、ASKAがインタビューで語ったとおり『自分の中の強さと弱さの二面性』だ。
歌いだしは、主人公が疲労から、いつの間にか寝込んでいたシーンから始まる。
インターネットの発展により、情報過多の時代。昔なら知らずに済んでいた情報が調べれば調べるほど入ってきてしまう。テレビや新聞では表面化してこない、将来が不安になる暗い情報も溢れている。中には事実か嘘か判別できない情報もある。
主人公は、そんな情報群に触れる度、心が折れそうになるが、それでも未来への希望を捨てないと誓う。
1番の前半は、主人公の臆病さが顔を出し、サビでは主人公の勇敢さが顔を出す。
2番に入ると、主人公は、自己分析、情報の分析を行い、勇敢に立ち向かおうとする。
しかし、サビでは今度は逆に、立ち向かった結果、自らの心が折れてしまうかもしれない、という臆病さが顔を出す。
Cメロでは、勇敢さと臆病さを行き来して、神経をすり減らした自らを優しく思いやる。
そして、主人公は、自らを奮い立たせ、未来への希望を持ち続けることを誓うのだ。
私は、この楽曲を聴いていると、ASKAの最近の活動のすべてを表現しているように感じられる。
ASKAは、現在、音楽活動を精力的に続ける傍ら、SNSで、テレビや新聞で報じられない情報の発信に力を注いでいる。
それはなぜか。以前、ASKA自身がブログで東日本大震災と福島原発事故が発端だと明かしている。
こうした想いが乗り移った曲こそ「だからって」だと私は思う。
ASKAは、これからも楽曲とSNS活動を通じて、「二度とあのような思いはしたくない」気持ちを発信していくのだろう。