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なぜ「津軽海峡・冬景色」は、紅白歌合戦の風物詩となったのか

今年の紅白歌合戦で100%に近い確率で歌われる楽曲がある。
石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」だ。

なぜなら、「津軽海峡・冬景色」は、何と2007年から1年おきに歌われているから。
2007年が通算5回目だったので、2023年に歌われると13回目となる。
紅白で同じ曲が13回目というのは、「天城越え」に並ぶ最多記録。
「天城越え」も、石川さゆりが2008年から1年おきに歌っている。

つまり、奇数年が「津軽海峡・冬景色」、偶数年が「天城越え」なのだ。
もはや、「津軽海峡・冬景色」は、紅白歌合戦の風物詩と言っても過言ではない。

そんな「津軽海峡・冬景色」ではあるが、私は、この曲がヒットした1977年はまだ物心ついていないから、全く記憶にない。
それでも、小学生の低学年の頃にはもう歌えるくらい、演歌の代表曲として有名だった。

今、私がなぜ「津軽海峡・冬景色」に興味を持ったかと言えば、発売当時には生まれてもいなかったミュージシャンが続々とカバーしているからだ。

畑中摩美のYouTube Live 1:24:12~

ギター弾き語りで歌い上げる「津軽海峡・冬景色」の迫力は圧巻。

まなまるの都庁ピアノソロカバー

時に豪快に、時に繊細に奏でるメロディーに魅了される。

東亜樹のカバー

これを披露した当時12歳で現在15歳。将来が楽しみすぎる歌手。

こうやって若い人々にも愛されている「津軽海峡・冬景色」を聴いていると、日本で最も愛されている楽曲なのではないかとさえ思えてくる。

「津軽海峡・冬景色」に大きな興味を抱いた私は、なぜこんなに老若男女を魅了し続けるのか、分析してみたくなった。

「津軽海峡・冬景色」は、調べれば調べるほど興味をそそられる名曲だ。

石川さゆりは、当時、卓越した実力と美貌を持ちながら、ヒット曲に恵まれていなかった。
12枚目のシングルから作詞:阿久悠、作曲:三木たかしというビッグネームが制作を担当したが、3曲連続でヒットせず。
15枚目のシングルは、1月から12月までをそれぞれテーマにした12曲入りのニューアルバム『365日恋模様』から選ぶことになった。

選ばれたのは、コンサートでファンの人気が高かった12月の「津軽海峡・冬景色」。
14枚目までのシングルが何かヒットしていれば、シングル化すらされなかったはずなのだから、運命とは不思議である。
しかも、12月と言えば、紅白歌合戦の月。まさに運命と言わざるをえない。

1977年1月1日にシングルカットで発売となった「津軽海峡・冬景色」は、その年の年間売上16位の大ヒットを記録する。

作詞、作曲、編曲、歌唱のいずれをとっても見事な作品だから、当然と言えば当然だ。

この曲は、まずタイトルが「津軽海峡・冬景色」と最初に決まっており、そこから三木たかしが作曲をしたのだという。
三木によると、イントロがまず出来上がり、歌のメロディーは、5分くらいで出来上がったそうだ。
以前、「おどるポンポコリン」の作曲を数分でした、という織田哲郎が「どこかから入ってきて自分の中を通って出ただけという感覚の曲が名曲と言われる」と話していたことがある。
三木も、きっとそんな感覚であっという間に作れてしまった楽曲なのだろう。

そのメロディーには、津軽海峡の厳しい寒さや荒波に世間を重ね、そんな中でも生き抜こうとする人間の強さを表現している。
特にサビの後半のメロディーとリズムは、演歌ではなく、まるでロックのようである。

そして、三木が5分で作ったメロディーに、阿久悠がまるで映像が浮かんでくるような詞をつけた。

歌い出しからわずか数秒で東京都の上野駅から青森県の青森駅まで移動。
女主人公は、雪の中を移動し、青函連絡船に乗る。
ひとりで帰る北海道への旅路は、寒空の中を飛ぶ鴎と重なる。
連絡船からは吹雪で竜飛岬も霞んでほとんど見えない。乗船した人たちも見知らぬ人ばかり。
そして、2番のサビで主人公の女性が恋人と別れ、北海道へ帰ってきたのだと明かされる。

短い詞の中に、出来事も、景色も、心境も、見事なまでに表現している。
つまり叙事詩と叙景詩と抒情詩の要素を含有させた作品なのだ。
そして、阿久は、この詞の中に一切の形容詞を使わずに仕上げている。目に見えるものへの感じ方や内面から湧き上がる感情を、メロディーと歌唱に委ねているのだ。

これは、三木のメロディーがあまりにも素晴らしい出来栄えだったことと、石川さゆりの歌唱への信頼が生み出しているのだろう。

青函連絡船は、1988年に廃止となっているが、それが今となっては昭和のノスタルジーを感じさせてくれるから、まるで歴史上の物語に触れた気分になる。

これほど魅力的な「津軽海峡・冬景色」だけに、若いミュージシャンがカバーして拡散することにより、ますます人気が高まるだろう。永遠に歌い継がれていきそうな名曲である。

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