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独立後の名刺に「エスノグラファー」と入れた理由

独立することが決まって、思ったのは「気持ちを切り替えるために、自分の名刺を作らなきゃ」ということでした。

肩書きをどうしよう。自分のやること、やりたいことを表すための選択肢がいくつかあり、どんな肩書きを名乗るべきか、悩みました。


編集者・ライター

編集者・インタビュアー

インタビュアー


いくつかの選択肢が思い浮かぶなか、

「編集者・エスノグラファー」

と名乗ってみることを決めました。

編集者であり、エスノグラフィーを行う人……を名乗ろうとしたのは、自分の理想とする「取材」のあり方がそこにあった気がしたからです。


新しく作った名刺です。どこかで会ったときに、ぜひもらってください。


「エスノグラフィー」について

いくつかの本やWEB上の文章を見て、エスノグラファーというものを下記のような意味で認識しています。

エスノグラファー(Ethnographer,みんぞくしか,民族誌家)とは、エスノグラフィー(民族誌)の描き手。フィールドワークという経験的調査手法を通して、人々の社会生活について具体的に書かれた記述をつくる人。


ずっと、インタビューをするのが好きでした。人に会って、テーブルを囲んだり、一緒に道を歩いたりしながら、話を聞かせてもらう。

その人の経験してきた時間を知ったり、考え方を言葉に起こしたりすることで、その人自身の見ている世界の一端に触れているような気がして。時間が経てば変わってしまう記憶や思考や言葉を文字に起こして残していくことにも、やり甲斐を感じていました。

自分達の世界を立体的なものにする手段であり、自分が世界と関わる方法として「人にインタビューすること」と「聞いた話を文章に起こすこと」があると思っていた。

取材のために1年以上通った街の風景。住んでいる街へ帰る道のりで、聞いた話や見た出来事を反芻していた

ただ、誰かにインタビューをするとき、話や言葉以外のものからこそ、たくさんの情報を得ているのだとも思います。

取材対象者と一緒に街を歩いている時、その人がどんな声の掛け方をされていたか。アクシデントが起きた時に、どんな気配りをしてくれたか。道中で一緒に見た何かに対して、何を言ってくれたか。

取材させてもらったお店に後日個人的に訪れたとき、そこで起きたお客さんと店主さんのやりとりをみて、感じたことを原稿に盛り込んだこともありました。


対話があることで成立する「インタビュー」よりも、自分の体をそこに置いて取材し、対話し、観察して何かを描き出す「エスノグラフィー」という考え方が、自分には合っているのかも…?と思いはじめた

自分の日記からの引用

学問としてきっちりと民俗学や文化人類学を学んだことはありません。これから勉強していきたいなと思うけれど、自分が理想的だと思っている「取材」のなかに、そのエッセンスがあったことは間違いないように思う。

前提として……「1時間話を聞く」だけではないことがやりたかった。

1年以上かけて取材をして、文章を書き、2022年に出版した黒磯の本(A GUIDE to KUROISO)がこの考えに至るきっかけかと思ったけれど、それよりも少し前から、いくつかの原体験があったように思います。

2泊のつもりで向かったものの、天候が悪化し、そのおかげで取材先の人たちにお世話になり、まだ一緒にいたいと思って4泊5日の滞在にまで増えた、石巻のまちでの取材のこと。

本を出版した後のトークイベントで「インタビューについて考えていることは?」と聞かれて……質問の仕方や下準備の話ではなく、「会いにいった時に見たものや感じたことを、覚えていること」だと話した時のこと。

これからも、紐づく体験が増えていくのだと思います。

「エスノグラファー」と名乗らなくても、自然とそういうことをしている編集者は数多くいると思います。自分自身のアイデンティティを語ることに抵抗がある自分にとっては、「肩書きを名乗る→なにそれ?と聞いてもらえる→考えを話す」のプロセスが生まれることがとてもありがたかった。

インタビューが大好きです。自分はインタビュアーだ、とも思います。その一方で、用意した質問をしなくても、ただ一緒にいる時間もそのまま取材になっている、とも思う。自分を「編集者」だと思うことができてよかった。どこかの街で暮らした時間が、そのまま丸っと取材になるから。

長い時間をかけて取材し、一緒に完成するものを見る、ということをやりたいと思います。

書籍『A GUIDE to KUROISO』を一緒につくったデザイナー・杉本陽次郎さんにお願いをして、「どんな名刺にするか一緒に考えて欲しくて…」と相談しました。

1年かけて町に通い、更に数ヶ月かけて本の形になった“黒磯本”は自分の代表作だ。「自分をイラストにしてもらって名刺に入れよう」と考えたとき、すぐにこの表紙の絵柄が浮かんだ

杉本さんとは、街の本をつくると決まってから、何度も一緒に黒磯に足を運んだ。編集者からくる原稿をデスクの前で待っていることもできるはずだけれど、「やっぱり、行った方が感じることがあるから」と来てくれたのを、本当に嬉しく思っていたし、「つくる」ということに関して、信じているものが近いような気がした。

独立すること、新しく名刺をつくること、個人としてやっていくこれからの仕事に、どんな肩書きをつけようか悩んでいること……をいろんな人に話して。そんななか、知人からのアドバイスで「やりたいことって、インタビューというよりエスノグラフィーなんじゃない?」と言ってもらったことがきっかけで、名刺に「これからやりたいこと」の肩書きを入れた。

「会いに行き、同じ時間を過ごして、そこで出会った事実と心象と文脈を、言葉と読み物の形にする」

ということを、自分の仕事にしたいと考えています。


これからやりたいこと

やりたいことは沢山あります。最後に少しだけ、具体的に書いておきます。

●インタビューの仕事

ずっと続けてきた「インタビュー」も、自分にとって高いパフォーマンスが発揮できる仕事の一つです。個人やチーム、同じものに関わる複数人の話を聞きながら、人の心の動きと社会との接点、がどのように結びついているのかを、大切に表現したいと思っています。

インタビューする相手のことを、何かの分野における英雄ではなく、ムラのあって然るべき一人の人間として扱うこと、を大事にしたいです。

●長期伴走する編集の仕事

単発の案件ももちろん楽しくお受けしつつ、本当は同じテーマを長い時間をかけて一緒に考え続ける、ということに自分は向いているように思います。黒磯本然り、完成まで何ヶ月も壁打ちを続けながらつくるエッセイ然り。

●言葉周り(文言)の仕事

言葉にまつわる仕事はなんでもしてみたいと思っています。小さい頃は「動物園とか水族館のキャプションを書く人になりたいな」と思っていたくらい、「本」や「記事」の形をしていない文章をつくること、にも興味があります。

どこに置くための、どんな機能を果たすための文章にも、「読み物としての愛嬌」があると思っていて、それを反映した文章をつくります。

例:
・WEBサイトの文言
・パンフレットの文言
・展示物やサインの文章まわり
などに興味があります

●「メディア」以外のアウトプットをする仕事/しゃべる仕事

インタビューから転じて、「話す仕事」にも興味があります。トークイベントの司会進行、Podcastの聞き手、雑談の相手……
交通費をいただければ、割と全国どこでもフットワーク軽く移動してお仕事できれば…と思っています。

実は友人の編集者と、「話の話」をテーマにpodcastをやってみたりもしています。お笑いやドラマが好きな自分達が心動いた「おしゃべり」についてアーカイブする場所になっているので、よければどうぞ。


基本的に、編集者はあらゆるものにとって「よそ者」であることが多いと思っています。

何かに詳しいと言っても、それを生業にしている人や、その研究/探求に生涯を捧げる人には決して敵わない。広く好奇心を持って社会と対象との結びつきを考える編集者は、そういうものだと思います。

それならせめて、寄り添える門外漢でありたい。誰かの話をじっと聞いたり、不安を知ったり、心の動きを肯定したりしながら、好奇心を持ち続ける門外漢でありたい。

これから関わり合う誰かとの関係性を、大事にしていけたらと思います。

もしもこの文章のどこかに共感してくれたなら、ぜひお声がけください。自分なりの取材と編集を通して、良いものづくりをご一緒できると嬉しいです。



元Twitter(現X):@inuiiii_
mail:h.ini0816@gmail.com

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