かいぶつにおそわれる

 センチメンタルだ。何かを成した後や何かに追われていたあと、そのたびに訪れる虚無感だ。

 今年で18になる。ぼくは生まれてこのかた、あまりうまく生きてはこれなかった。誰かに問題があるとか、そういうんじゃなくて、ただ本当にうまくないだけだ。そういうのってあると思う、麺が啜れないひとがいるみたいに。アレルギーみたいなものだ、うまれつき過敏に反応してしまうから。

 今回で17になる。何かから逃げなくてはと焦燥感を押されて、気付いたら財布とスマホだけ持って夜の街に出ているのだ。
 と、言っても、ぼくの棲む街はそこそこの田舎なので、街頭らしい街頭と花のそこそこ生えた花壇、あとは光の消えた住宅たちがひっそりといきづいている。
 夜は嫌いだ。ぼくはビビリだ。おばけが後ろに立っていて、ぼくをじっとみていたらどうしような。なんにもできない、おばけだって、ぼくだって。


 売春という行為は、正直都会じゃないとできないと思っている。胸が大きいクラスメイトが誰々君とヤってるだとか、具合がどうだったとか、そんな話でもちきりの教室はある種健全だ。ぼくは正直、その話を自分の席で、ぼうっと盗み聞いてるのは嫌いじゃない。と、いうより、それこそ誰々さんの具合が本当によくって、誰々君がナカで出したとかいう話、あれらはぼくに無縁であるからだ。至極、どうでもいい。プリントを渡しながらその人のイイトコロを擦る妄想なんてしないし、着替え中のその人の股間のボクサーパンツをじっと見ることもしない。
 健全にクラスメイトは青春を消費している。それを、ぼくは、どうでもいいと思って聞いている。

 破滅願望、あるいは希死念慮とでもいうべきものが渦巻くようになって、もう12年になる。ぼくは売春をしてみたかった。いや、売春というものがどんな心地なのか、知りたかった。
 みんな最悪だって言う。やめとけって言う。ぼくもやめとけって思う。でも、やっぱり思う。あるいはぼくがクラスメイトをセックスにも誘えない意気地なしなので、こんなけちょんけちょんのチビガリ粗チン野郎はおっさんにでもヤられればいいとでも思ってるのかも。
 赤の他人に、尊厳をぐちゃぐちゃに踏み躙られて、最悪みたいなシーツの匂いも嗅いでみたい。それから、そうしたら、この希死念慮に終止符が打てると思うのだ。死ねると思う。うまく、うまく、30分に一本くる電車に、注射を打つような勇気が出ると思うのだ。
 8階以上のビルは、田舎だからなくって。

 だけど、例えば、夜街を歩いても不審者はいないし。18歳の男子大学生に、わざわざ売春を持ちかけてくるひとは徘徊していないのだ、田舎だから。そういうアプリで近くに人を探す? 近くにラブホテルなんかないのに? 相手の家に行ったらご近所さんにバレてジ・エンドだ。おしまいだ。ぼくには売春をする資格もないってのか。
 ないんだろうな。うん。女の子ならまた少し違ったのかな。不審者に声をかけられやすかったかも。

 かいぶつにおそわれる。夢想をしている。
 よるのまちにかける。静かな静かな、平和で吐きそうになる住宅街。
 売春はできない。誰も買ってくれない。こんな田舎。こんな田舎。

 かいぶつにおそわれたい。