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創作メモ(2020/6/11):読点を打って、なおも読みにくかった時の対処法
0.読点(、)を打って、なおも読みにくかった時の対処法
ふつう、長文は、読点で区切らないと、読む時に、緊張が続かなくなって、バテてしまうじゃないですか。
(注:上の文は意図的に「読んでてツラくなる」ようにした文です)
実は、文章を書いているとときどき踏む罠なのですが、「読点をたくさん入れると、かえって文が読みづらくなる」ことがあるんですね。
ものにもよるが、4つだと「ちょっと読むのに気合いが要る長文」だし、5つ以上だと「読む気力を削ぐ長文」に見える。
どうしたもんかなー。
***
ということで、ここ数日、いろいろ試していたんですよ。
結果的に、3つの対処法を同時にやることで、たいていはどうにかなる。ということが分かってきました。
1.読点と読点の間をあまり短く区切らない。読者をもうちょっと信頼する
どういうことか? 具体的に言うと、
読点と、読点の間を、あまり、短く、区切らない。読者を、もうちょっと、信頼する
と
読点と読点の間をあまり短く区切らない。読者をもうちょっと信頼する
の違いですね。
上の方が丁寧かも知れませんが、読んでいて「走ってバテバテになりながら喋る」とか、「高齢者が子供に噛んで含めるように喋る」とか、そういう滑らかさを犠牲にした読み方になってしまいます。
(逆に、正にそういうシチュエーションを描くなら、こういう読点の打ち方が適しているとも思いますが)
***
書く側の中では、これは「読点と読点の間に、単語が1個以上あると、読者は緊張が続いて読めなくなる」という不安に基づいているようなのです。
でも、実際には、そういうことはあまりないんですよね。
喋ってて単語が1個で区切る時はあるが、もっとたくさんの単語を発してから区切ることもよくあるので(例えば、この文では、意図的にそのようにしています)。
滑らかに読めるかどうかが大事で、息継ぎできないくらい長すぎる文もアカンけど、たくさんの読点で一回一回息継ぎを強いられる文も、それはそれで滑らかさを欠くんですよね。
2.いくつかの読点を、句点(。)に変換する。それで読めるように文を直す
上の文で言いますと、
結果的に、2つの対処法を同時にやることで、たいていはどうにかなる、ということが分かってきました。
と
結果的に、2つの対処法を同時にやることで、たいていはどうにかなる。ということが分かってきました。
の違い。
この方法は、個人的には桜玉吉の日記漫画(『漫玉日記』等)シリーズの様式として記憶していたのですが、自分が使う分にもかなり便利でしたね。noteでも原稿チェック時に多用しています。
3.いくつかの読点を、括弧(())や鍵括弧(「」)に変換する。それで読めるように文を直す
これも上の文で言うと、
ものにもよるが、4つだと、ちょっと読むのに気合いが要る長文だし、5つ以上だと、読む気力を削ぐ長文に見える。
と
ものにもよるが、4つだと「ちょっと読むのに気合いが要る長文」だし、5つ以上だと「読む気力を削ぐ長文」に見える。
の違いになります。
これは個人的な由来が分からないのですが、これも漫玉日記とかの影響が強い気がします。
4.いかがでしたでしょうか? (そういうバズ狙い紹介記事みたいなシメはやめろ)
媒体のポリシーに沿って、これらを使っても良い場合に限るのですが。
これらに気を付けると、割と「読んでいて間の持つ文章」になるのではないでしょうか。なっていたら嬉しいですね。
数日の試みによって、そんなことが分かってきました。(わざわざ書いて記録することか?)(そういう備忘録/弥縫録のためと思って下さい)
以上です。ご清聴ありがとうございました。
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あと、最後になりますが、
いかがでしたでしょうか?
みたいな、バズ狙い紹介記事みたいなシメは、
「あっこれバズ狙い紹介記事構文だ!
バズ狙いだから、内容の信頼性とかの読者へのメリットより、広告の踏みやすさとかの読者へのデメリットの方が大きい、そういう悪意ある記事の疑いがあるぞ!
この時点で、もう絶対に許さねえ、という気持ちになっている。俺の時間を盗むな」
と最悪の印象、最悪の読後感になるので、避けた方がいいですよ。(それだけの話ですが)
応援下さいまして、誠に有難うございます! 皆様のご厚志・ご祝儀は、新しい記事や自作wikiや自作小説用のための、科学啓蒙書などの資料を購入する際に、大事に使わせて頂きます。