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妻(師)との対話~才能と努力について~

最近ありがたいことに、SNSで妻のパフォーマンスをご覧になった皆様から「すごい才能!」「天才!」などの、過分なお褒めの言葉を頂戴する機会が増えた。その都度コメントの内容を妻に伝えはするのだが、本人はなぜかいつも浮かぬ顔。はじめは照れ隠しの一種かと思ったが、どうやらそうではないらしい。妻が「才能と努力」について語った内容を、今回も対話形式で記していきたい。

補足
これまでの会話を回想し統合したものです。私のセリフがわざとらしく感じる箇所があるかもしれませんが、読み手に伝わり易くしたためであり、内容に脚色は一切ありません。

妻「私は天才ではない。幼い頃から練習してるだけで、やれば誰でもできることしかやってない」
私「ふーん。何歳からピアノやっとったん?」
妻「始めた頃の記憶がないから、たぶん2歳ぐらいだと思う。言葉や文字より先に、音階と楽譜を覚えた」
私「2歳?かなり早いな!」
妻「幼い頃からピアノを学ばせてもらえたことには感謝してる」
私「でも多くの人が長続きせんやろ?続けられるっていうのも才能じゃない?実は俺も幼い頃ちょっとだけ習いに行かされたことがあって……結果は見ての通りやけど」

ピアノの練習に励む幼少期の妻。

私「そういえば幼い頃から家にグランドピアノがあったの?」
妻「グランドピアノを買ってもらえたのは中学三年生ぐらいだった」
私「えっ!?あんまり詳しくないからわからんけど、それって遅い方じゃない!?」
妻「遅いよ。プロピアニストを目指す人間だったらあり得ない」

補足
妻の家には幼い頃からアップライトピアノはあったらしい。
しかし門外漢である私は知らなかったことなのだが、アップライトピアノとグランドピアノは全く性能が違うため、プロを志すならグランドピアノが必須であるという。
そしてコンクールはグランドピアノで行われるものなので、グランドピアノを所有せずコンクールに臨むという状況は、相当不利だったそうだ。

私「あれ?『地元の音楽事務所の社長に期待されてた』みたいなこと言うてなかったっけ?」
妻「だから毎週社長がうちに説得に来てたんだけど、親の教育方針で買ってもらえなかった」
私「教育方針って?」
妻「うちは結果を出さないと認めてもらえないから」
私「結果とは?」
妻「いつも父は『グランドピアノが家になければ一番上の賞が取れないぐらいなら、才能が無いということだ』って言ってた」
私「『結果を出す』のハードルが高すぎるやろ!」
妻「発表会でワンミスしたことで、グランドピアノが遠退いたりしたこともある。体育会系の父曰く『身体が覚えるほどやってないからだ』ということらしい」

「十年に一度の逸材」と呼ばれ社長から重宝されていた幼少期の妻。
「千年」とかではなく「十年」というところに妙なリアリティがある。

私「で、結果を出し続けたってこと?」
妻「毎年あるコンクールで一番上の賞を取り続けて、やっと中三の時に買ってもらえた」
私「ようやるわ……ちょっと待って、じゃあどうやって練習しとったの?」
妻「だいたい学校の体育館とか公民館ってグランドピアノがあるでしょ。それを自分で交渉して使わせてもらってた。でも鳴らない鍵盤とか多くて大変だったな」
私「すごい執念やな。じゃあ幼い頃から至れり尽くせりの環境に憧れたことはなかった?」
妻「それはあるよ。でも思い返すと、鳴らない鍵盤があるピアノで練習してたから、おもちゃの楽器も初見でそれっぽく弾ける今に繋がってるような気もする」
私「それで不具合が多くてもなんとかするフォロー能力?アドリブ能力?が身に付いたってことかな?」
妻「練習してても校長先生とか掃除のおばちゃんがぞろぞろ集まってきて聴き始めるから、弾けなくても毎回それっぽく仕上げる癖も付いたかも」
私「俺ならそんな状況ぜったい耐えられそうにない!」

某国の交響楽団にてピアノソリストを務めた妻。
中学生の頃だったらしいが詳細は忘れてしまったという。

私「それで高校は音楽科に進もうとは思わんかったん?」
妻「私の演奏を聴いた東京の某音大の教授から附属高校へのお誘いが来たけど、国立(こくりつ)じゃないからって理由で親が認めてくれなかった」
私「うちの地元もそうやったけど、国立至上主義は地方あるあるやな……それで?」
妻「それまでピアノばっかりで勉強をおろそかにしてたけど、今後自分には勉強しかないと思って、数か月一生懸命勉強して、なんとか県内一の進学校に合格した」
私「なんか……適当に生きてきた自分が恥ずかしくなるな……」

私「じゃあなんで大学は英米文学科に行ったの?」
妻「絵本作家になりたかったから。親は認めてくれなかったけど」
私「やろうな。奨学金で大変やったもんな。で卒業して初の絵の個展で俺と会ったってことか。あの頃はお互い仕事がなくて大変だったな……」

出会い編は以下より

妻が歩んできた紆余曲折を紐解くために長々と過去の対話を振り返ったが、結局妻が言いたいのは「自分には才能(環境を含む)がないからひたすら努力した」ということらしい。
よく「幼い頃からピアノをやらせてもらえたなんてお金持ちなんですね!うらやましい!」などと言われることが多いが、いつも妻は複雑な表情を浮かべる。
私の印象では妻の実家は裕福な方ではあるけれど、妻のピアニストとしての経歴は決して至れり尽くせりであったわけではないことを、私の口からも強く訴えておきたいのである。
そして今の今まで、妻は努力の鬼である。私がぼーっとスマホを眺めている時、寝っ転がっている時、妻は常に何らかの努力をしている。ひたすらピアノを弾くか、踊りを踊るか、筋トレに励むか……「あれ?めずらしくスマホ見とる!」と思っても外国語の勉強をしていたり。

また決して理想的な環境ではなかったにせよ、早くから妻に音楽をやらせようと思い立った義母の慧眼、そして結果論ではあるが、妻の努力と根性を育むに至った義父の教育方針にも、今となっては感謝せざるを得ない。そのどちらが欠けていても、普通のピアニストから逸脱した妻のパフォーマンスは、決して生まれていなかったであろうから。

なんでもアリな妻のパフォーマンス↓

私「スタジオの生徒さんたちにも、たゆまぬ努力の重要性を伝えていきたいな!」
妻「そうだね。伝えていきたいね」
私「そういやさあ、スタジオでダンスは教えとるのに、なんで音楽は教えんの?」
妻「音楽はできなかったことがないから何を教えればいいのかわからない」
私「天才やないか!」

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