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あとから名医と映画「狐狼の血」

あとから名医という言葉を最近知った。「あとから診察した医者はどうしても名医になる」それは、時間が経って症状がはっきりしていたり、前のお医者さんでこれが効かないなどがわかるので、情報量が多くなるから正しい診断がしやすいのだそうだ。

物事全般、そうなんだろうなと思えてきた。昔の考え方やあるものが要件を満たしていないと思ったり、こういう風にするのにということは、大抵あとから来た人の方が情報を持って物事にぶつかれるから、情報によって判断の幅が広がっているからかもしれない。

さて、友人に勧められて「狐狼の血」を観ることにした。広島にある架空の都市をテーマに、少し昔の時代をイメージしたヤクザ映画である。

8/20に「狐狼の血 LEVEL2」が公開になるため、プロモーションだろうか、一作目がNetflixにて限定公開されていた。

私は特殊な役にストイックに向き合う鈴木亮平が大好きなので、2は見に行きたいと思った。しかし、バイオレンスものは苦手なので、最初の映画を見ることを悩んでいた。しかし友人の「役所広司をみてほしい」との言葉で、ふと見ることにした。

ヤクザが堂々と街を歩いていた時代というのは、もはやファンタジーなのだ。昭和が舞台だからこそのコンプラ表現も、現代ではもう無理だろう。こんなにも暴力と危険さにまみれた時代だったっけ、昭和って、と思いを馳せていたけど、たしかにまああったのかもしれない。

最近はめっぽう見かけなくなったが、路上で立ちションをしている紳士たちはたくさんいた気がする。こないだ久しぶりに車の窓から見つけて、運転していた60代の父親が「おいあれ立ちションしとらんか」と一番驚いていた。そう思うと、かなり綺麗になってし、公衆衛生レベルはここ30年そこらでぐいっと上がったのだろう。

話を狐狼の血に戻すと、最初の10分が最大級にトラウマであった。しかしそれがあるからこそ、この映画に惹き込まれていくのだとも思う。とはいえまだ引きずってはおり、食べ物はしばらく乳製品や野菜中心にしようかとすら考える。

そして役所広司がよい。当然顔は役所広司なので「あっ役所広司」と思ってしまうが、ちゃんと広島人の、手段を選ばずに証拠を強奪する昔っぽいマル暴デカだった。

松坂桃李もいい。広大を出るほどに頭が良くて空手の達人で、かつ、どんどんバランスが狂っていく自然な様がすごい。これが俳優か〜って松坂桃李の良さを存分に感じた。

さらに周りを固めるバイプレイヤーたちも良かった。真木よう子、しれっとでてくる田口トモロヲ、パールと関取とMEGUMIとそして中村倫也。中村倫也の色気と狂気と暴力さはなんなのか。たった一瞬の出番であの色気を醸し出せるの恐ろしい。

映画の内容としては、徐々にその世界に入ってしまい本当にあった話のように錯覚する組織的バイオレンスムービー。取らなきゃ取られる、報復の応酬って感じ。よくできてるなあ。

なお狐狼の血には原作があるものの、今度のレベル2はオリジナルストーリーらしい。ここ10年ぐらいオリジナルものは恋愛映画くらいしかない印象だったが、最近また、オリジナルも面白いものやバリエーションが増えてきたので楽しみ。何より鈴木亮平楽しみ。悪そうなデカに成長した主演の松坂桃李にも大期待してます。

あー楽しみ!

さて「あとから名医」と「狐狼の血」がなぜ紐づいたかというと、役所広司のあとを広大を出た松坂桃李がじわじわと引き継いでいく様子が見事だったからである。前の人が積んだものを、あとから来た人がどうするか、どう受け止めるか、どう変えていくかで物事の結果は変わってくると感じたからだ。

1で見せた判断と自分はこうするという意思が、2になってどうなったのかが見ものである。

人間を綺麗に描きすぎないところが、この作品のいいところでもある。清濁の濁をあらわすことで、リアルさがあった。普段は無理に清濁併せ呑む必要はないが、「世界は常に助け合ってる」「みんな天使」「人生って素晴らしい」とはいいつつ臭いものにフタをするものと異なり、この作品は、全ての理不尽と欲望と暴力の応酬をぶつけてくる。この後ろにある危険さと哀しみはファンタジーとして表現せざるを得ないが、どこかにあり得るものだと忘れてはいけない。尊い映画でした。

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