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伊藤美誠ちゃんが批判されているのを見て、『天才を殺す凡人』を思い出した

卓球について詳しいことはわからないけれど、オリンピックや、大きな大会の時にはテレビで観る。つい先日の全日本卓球男子の決勝戦(戸上選手VS張本選手)は、たまたまテレビで観て、あまりにも熱すぎて、張本選手が最後のポイントを獲得した時には、テレビの前で一人で拍手をしてしまった。

卓球と言えば、つい最近、女子卓球のオリンピック団体候補予定の3枠目の選手が誰になるかが話題になっていた。選考ポイント3位の伊藤美誠選手か、4位の張本美和選手か。

選考ポイントの順位で言えば伊藤美誠選手になるが、色々な要素を加味すると張本美和選手の可能性もある。伊藤美誠選手は、シングルスの代表入りを逃した大会の会見で、「団体戦に選出されても、出るかどうかはっきり決まっていない」というような発言をして、一部の人たちから批判を受けていた。

私は、日本の卓球選手の中では、伊藤美誠選手が一番好きだ。私は東京オリンピックでの伊藤選手の活躍を忘れない。「負けたらおかしい」みたいなプレッシャーの中で、つぶれてしまいそうな彼女自身の心を守るためや、ピュアな彼女の、彼女なりの誠意から出た言葉が、メディアによって一人歩きした結果が、批判の原因なんじゃないかと思う。

勝って当たり前みたいなプレッシャーは、私にはわからない。人の上に立ったり、強い人間は、弱音を吐いちゃいけないなんて、私にはわからない。どうしてみんな、「待ってるよ」の一言がいえないのだろう?
どうしてみんな、すぐに手のひらを返すようなことをするのだろう?

トップの世界に立つ人間のことは、そこにいる人にしかわらからない。凡人に天才は理解できない。一つのことを突き詰めて、背水の陣を敷くようなリスクを負っている人間に対して、暖房の効いた部屋から、「あなたは間違っていると思います」なんて、どうして言えるのだろう?
彼女が「もう日本のためには戦わない」と言ったら、希望の芽がなくなるだけのことだって、どうして気づかないのだろう?

人はずっと勝ち続けることはできない。ヘコんだ時に自滅してしまう人もいる。凡人に潰されてしまう人たちもいる。運が尽きてしまった人たちもいる。でも中には、もう一度立ち上がる人たちもいる。
外野の人間ができることは、さりげなく声援を送り続けたり、そっと見守ったりすることだと思う。

『天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ』 (日本経済新聞出版)

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