見出し画像

放送大学の「入学者の集い」に参加してきた

登録している学習センターから電話があったのは、三月も末の頃。入学生代表挨拶をやってみまんせんか、といった内容だった。少しだけ「いやだな」と思った直後に頭の中を強制終了する。今年の私は、去年の二乗は挑戦をするのである。嫌なことや面倒なことこそ逃げずに向き合う。結果は自ずとついてくるし、私には私にしかない経験がある。それはまごう事なき才能だ。そんなポジティブマインドによって頭の中を再起動し、代表挨拶への挑戦をその場で快諾した。私に声がかかった理由こそ「入学者の集いの参加連絡が、一番乗りだったから」といった、なんともユーモア溢れる内容だったが、正直、正解だったと思う。私にしかない、唯一無二の挨拶ができるはずだと、並々ならぬ自信があったのだ。
原稿は一晩のうちに完成したが、推敲を重ねる中で私は、記憶の底にあった「笑われた経験」を思い出す。私が書く文章はどこか誌的で、情緒的で、人によっては羞恥心をくすぐるような、そういった表現を意図せずしてしまうことがあるらしい。中学の卒業文集、好きな人に書いたラブレター、友人と交わした映画の感想も、趣味で描いていた漫画のセリフも、嘲笑の対象となった。「出た」「はいはい」「うわ」「またか」そういった言葉で一線を引かれ、呆れた口調で「まぁ感性は人それぞれだから」と、分断をされた。華美な言語表現は、独り言のうちに留めることにした。それから何年か経った今、この代表挨拶という場で、どこか誌的で、ひとりよがりで、感性のままに表現した言葉を使うべきか、私は静かに悩んだのである。ドラマティックな展開にしたいわけではないけれど、どうにか、自分の言葉で伝えたいと、私は考えた。
しばし憂いたのち、私は決断する。アカデミックな場に相応しい表現を精査した上で、私がしたい表現を、自由にしてみようと。これも、今年すべき挑戦のうちのひとつ。恐怖がある場所にこそ、成長がある。
完成した原稿を、専用の用紙に清書した。そして、自宅で何度か読み上げの練習をした。緊張することを想定しながら、なるべくスムーズに読めるよう、細かくイメージをする。それは、恥をかきたくない、失敗をしたくない、という気持ちからではなく、自分の言葉や思いが、どうすれば多くの人に届けられるかを、ずっと考え、模索していたのだ。私という人間がどんな人間かではなく、挑戦することの素晴らしさを伝えたかったのだ。

四月六日は雨だった。晴れる様子もない花曇りに落胆しながらも、ビニール傘を片手に学び舎へ向かう。
移動の最中も、会場に着いてからも、私は緊張していなかった。自分でも、リラックスしている自分に驚いていた。先日参加した夏井先生の句会ライブで、ステージ上の夏井先生とお話したのが良かったのかもしれない。あの時は本当に緊張したし、今思い出しても少しドキドキする。夏井先生に対してもそうだが、会場は七百人の観客で超満員。その中で立ち上がり発言をすることの方が、よっぽど緊張する。あれがあったからこそ、代表挨拶に対するハードルは、とても低いものとなっていた。その場で感想を発表する句会ライブに比べたら、代表挨拶は原稿もあるし、何回も練習をしているんだから。

結果として、挨拶は緊張どころではなかった。なぜか私は、序盤も序盤で泣いてしまったのである。
今思い返すとあの涙は、肯定的で幸福感に満ちたものだったと考えているのだが、もしかしたらあの場にいた方のほとんどが「相当な苦労があったのかな」「随分と苦しまれたのかも」と心に翳りをこさえたかもしれない。深くお詫びをしたい。私はピンピンしている。過去にこそ暗闇はあったが、本当にそれはもう遠い過去のことで、今の私の場所からは一切見えていない。その喜びがあったからこそ、私は学ぶことに対して意欲的になり、あの場で意気揚々と代表挨拶までやってのけたのだ。
何度も重ねた練習は、涙ぐむ私の後押しとなり、最後まではっきりと言葉を述べさせてくれた。挨拶の間、ずっとメタ認知できている自分にも気づく。本来なら緊張時に発揮できるか観察をしたかったのだが、心の中で「なんで泣いてるのや私」「ここでつっかえないようにね」「鼻水出てきた」なんて客観視をしていた。

さて、挨拶によせた私の思いは、その場にいた方に伝わったらしい。会の終了後、とても良かったです、と、複数の方から声をかけてもらえたし、その時は気づいていなかったけれど、泣いてる方もいましたよ、といったことも教えて頂けた。よかった。自分の恐怖を超え、自分の言葉で表現をした甲斐があった。そして、笑われた過去も遠い景色の一部となった。大人になってからも学ぼうとする人たちの中に、他者の言葉を笑う人などいないことは、挨拶をする前から理解していた。しかし、まさか自分の言葉が人の心を動かすとは思いもしなかった。並々ならぬ自信は、次からは、益々の確信として掲げていけそうである。
そういえば、挨拶原稿を仕上げるのと平行して、読売新聞の投稿コーナーにも投書をしたのだが、それも見事採用されたのであった。内容は入学生挨拶の内容とあまり変わらないが、こうして自らの挑戦が、紙面や人の記憶に残っていくことはなんとも喜ばしく、尊いものである。

こういった挑戦を、これからも続けていく。

四月六日 戸部井