<前世、そして未来の記憶~堀江敏幸>
ここを閉じるという話は、どこにも出さなかった。お知らせを出せば、学生時代に仲間と世話になったとか、会社の余興でよく使わせてもらったとか、なんやかや、ありがたい理由をつけて別れの催しを開こうと音頭をとる人が出てこないともかぎらない。開業時にはチラシを刷ってそれなりの宣伝をしたのだから、今回おなじようなかたちで最後の客寄せをするべきなのかもしれないのだが、彼は静かに幕を引きたかった。黙ってすべてを整理し、落ち着いてから失礼のない挨拶をしたいと、 そう思っていた。~堀江敏幸「スタン