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”新しい人生”を求めて北朝鮮に渡った”秋田美人”の日本人妻~ドラマ仕立ての古き週刊誌報道から読み取れる”帰国運動”の背景


【画像① 「週刊現代」1960年3月20日号記事に掲載された花嫁姿の朝鮮民族衣装をまとう菊地八重子さん。当時のメッシュ(印刷用網掛)のかかった写真でも、麗しい”秋田美人”ぶりが伝わる。】



◆「日本の女性を恋人に持った朝鮮人青年の悩みは、彼女を愛すれば愛するほど深刻になっていく」~「帰国運動」たけなわの時期に結ばれたカップルへのまなざし



「2人の宿命的な出合いは2年前にさかのぼる。その時から2人の間にはもうなにかがかわされていた。八重子さんのつぶらで大きなひとみ、やさしい物腰に五郎君の胸は高なった。五郎君の真面目な落ちついた態度は、八重子さんの心にたのもしく印象づけられた。だから2人が深く愛しあうようになるのに、たくさんの時間は必要でなかった」


「八重子さんは典型的な秋田美人だ。大きなひとみと健康な白い膚が彼女の特徴である。彼女が五郎君と共に北鮮に行くことを決心したとき、八重子さんの友達は口々にこういった。…『なにも知らないよその国なんぞへ行くことないじゃない、生まれた日本にいることがあなたを幸福にするんだわ』『朝鮮語もできないのだし、苦労するわよ、大体、あなた共産主義って知ってるの』…忠告、カゲ口…いろいろな噂が彼女の体を押しつつんだ。だが彼女には日本とか朝鮮とかの区別より、もっと大切なものにはっきりめざめていたのである」(以上、記事より)


1960年(昭和35年)3月20日号の「週刊現代」記事「新しき人生を北鮮に求めて」には、紡績会社に働いていた日本女性と折からの北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へ”帰国”する在日朝鮮人青年の結婚をめぐる物語が綴られていた。主として1959年から67年にかけて朝鮮戦争後の「祖国復興のため」という名目と、「朝鮮人差別がいまだ幅を利かす日本」を離れて母国で暮らしたいという多くの在日朝鮮人の人々が抱いていた気持ちを背景に進められた北朝鮮への帰国事業。およそ9万人の在日朝鮮人が個人、あるいは家族ぐるみで”帰国”し、うち夫につきしたがって渡航した日本人妻はおよそ1800人余に及ぶ。


部分的に”帰国”としたのは、記事の主人公である木村五郎さん(通名:鄭東先さん、当時23歳)は日本生まれで、父こそ1918年(大正8年)に朝鮮半島から日本に渡航してきた「一世」であるという意味で、帰国するというのがどうもしっくり来ない感が筆者にあるからだ。五郎さんと結婚したのは、秋田県出身の菊地八重子さん(当時20歳)。



「『あの子が五郎ちゃんのお嫁さんだって!すごい美人じゃないか』…春のような日射しに恵まれた2月21日の午後のことである。愛知県一宮市にある鄭万述さん(57)の家は、かけつけた朝鮮の人たちの歓声にわきかえっていた。そのだれもの目がこの日のヒロイン、美しい花嫁姿の日本女性にそそがれていた」


「この日、鄭さんの家では次男の木村五郎(鄭東先)君(23)の結婚式があるのだ。しかも五郎君の双生児兄十郎さんも、昨日大阪で同国人と結婚式をあげたばかり。その上よろこびの北鮮帰国を前にしてのうれしい出来事であった」(以上、記事より)


…さらっと記事に書かれた「よろこびの北鮮(北朝鮮)帰国」という言葉。当時、日本の大新聞、主要メディアは朝鮮戦争終わって10年もたたないうちに、「社会主義建設を指導者、民衆が一体になって進める朝鮮」「失業のない社会主義国での明るい暮らしの下で、豊かさをめざす朝鮮の人々」といった礼賛をこぞって垂れ流していた。1959年には読売、朝日などの主要新聞や評論家、雑誌執筆者などが北朝鮮の招きで同国を訪問し、戦災復興でいまだ苦しい中ではあったが、絵にかいたような「差別のない社会」の姿をこれでもかとばかり見せつけられ、用意周到に最高指導者の金日成主席が「在日同胞もぜひ、戦災から復興した祖国の建設に参加してほしいと伝えてほしい。祖国は温かく迎える」とのメッセージを招いた日本メディアに託した。


このメッセージは日本の政界にも大きな影響を与え、社会党も共産党も、そして与党の自民党の大部分の政治家も、こぞって在日朝鮮人の帰国事業を後押しした。この帰国事業が日本国内で大半の支持を受けていた状況は、映画「キューポラのある街」(吉永小百合主演、浦山桐郎監督、1962年)でもよく描かれている。




【画像② 映画「キューポラのある街」主演の吉永小百合(右、役名=石黒ジュン)と浜田光夫(左、役=鋳物工の塚本克己)。吉永小百合は、埼玉県川口市を舞台にしたこの作品で当時最年少のブルー・リボン主演女優賞を受賞し、出世作となった。】


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