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性同一性障害者特例法に「憲法違反」の断~ベースに差別肯定の優生保護思想~全面賛成してきた日本≪共産党はどう説明?


【画像① 性同一性障害者特例法については、当事者から「オペなしで戸籍上の性変更を認めてほしい」との要求が強く出ていた。10月25日の最高裁判断は、これを認め法改正が求められるところとなった。】



読者の中で、優生保護法という法律の内容を詳しく御存知の方はどれくらいあるだろうか? 1996年に母体保護法という法律へ大幅改正されたものだが、1948年制定から改正までの48年間に遺伝性疾患、ハンセン病、精神障害のある人等に対して優生手術(事実上の去勢)及び人工妊娠中絶がほぼ強制的に実施され、これら手術によって約8万4000人が被害を受けた(日本弁護士連合会「旧優生保護法下において実施された優生手術等に関する全面的な被害回復の措置を求める決議」より)。


優生保護法の目的は「優生上の検知から不良な子孫の出生を防止しする」(第1条)にあったが、これは障害のある人の生存そのものを否定する極めて非人道的、差別的な人権侵害につながる優生思想に基づくものであった。故に、母性保護に関わる部分を除いて、優生思想に基づく措置を規定した内容を廃止することになったのだ。これは先天性・後天性疾患や障害、難病についての知見が全体として前進したことも背景となり、「優れた種を残すべき(劣等なものは消滅させていく、の裏返し)」という考え方の実体的根拠がなくなったことを示している。


この優生保護法と同様な時代遅れの認識に基づく法律が、最近司法(最高裁)により「憲法違反」との判断を下された。「性同一性障害の人が戸籍上の性別を変更するには生殖能力をなくす手術を受ける必要がある」とする性同一性障害者の性別の取り扱いの特定に関する法律(性同一性障害者特例法)である。最高裁が判断を下したのは、10月25日のことだ。




【画像② 性同一性障害者特例法の「生殖機能をなくす手術を求める要件」を違憲と判断した最高裁大法廷。】



「法律の規定を最高裁が憲法違反と判断するのは戦後12例目で、国会は法律の見直しを迫られることになります。…25日の決定で最高裁判所大法廷の戸倉三郎裁判長は、生殖機能をなくす手術を求める要件について『憲法が保障する意思に反して体を傷つけられない自由を制約しており、手術を受けるか、戸籍上の性別変更を断念するかという過酷な二者択一を迫っている』として憲法に違反して無効だと判断しました」


(参考)「性別変更の手術要件をめぐり特例法の規定は憲法違反 最高裁」2023/10/25 NHK NEWS WEB

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231025/amp/k10014236581000.html


この特例法は、2003年に国会で全会一致で成立したものです。ここには、当時まだ党派を問わず、「性同一性障害を持つ者は劣等だから、生殖機能を奪うのは当然」とするような優生思想が”常識化”していたことが示されている。なぜ、こんな悪法が当然のように国会で通されてしまったのか、普段「人権」だの、「あらゆる差別反対」などと述べている日本共産党がどうして賛成(いやむしろ推進)してしまったのかということを軸に、元日本共産党板橋区議団幹事長で現在は共産党を離れて国会で調査、政策立案の仕事に従事されている松﨑いたる氏が論考をまとめた。以下、紹介する。



◎性同一性障害者特例法めぐる日本共産党の欺瞞~歴史的な優生思想、差別推進の悪法賛成を反省せずに改正に取り組むべきではない(松﨑いたる)



◆男女両性の消滅期


「恋愛はあくまで実体的に合体せねばならない未来をもっているから、恋愛の過程が進行するところまで進化してしまい、行けるところまで行ってしまうと、男女両性の肉体的相違は、しだいに取りのぞかれ、ついに原始生物のごとき、男性でもなく女性でもないあるものになってしまう」


―これは、女性史研究家として知られる高群逸枝(たかむれ・いつえ 1894~1964)が1926年に著した評論『恋愛創生』の一節である。高群はこの主張を自ら「一体主義」と名付け、同書で「一体主義は、恋愛の究極を、一体と見る。一体と感じた恋愛において、生殖し、人類における男女両性の一体化、男女両性の消滅期へまで、子孫を一体的過程の上において維持する本能」と述べている。




【画像③ 詩人、民族学者であり「女性史学」の創設者、高群逸枝(1894~1964)。熊本出身で、女学校卒業後に紡績女工、更に尋常高等小学校の代用教員を経て、新聞記者などに。その後、研究・著述を進め、我が国の女性史研究の先達に。『母系制の研究』『招婿婚の研究』など。】


実は、 この高群の主張に日本共産党の戦前からの幹部・宮本顕治が強く反発していた。



「高群逸枝さんなんかは、恋愛の中で人間は性の区別を失って中性化するのではないかということもいわれてますが、こういう見方の人はまあ少ない。人間の性――男性、女性の区別は消えて行くものではない。これは発展するファクターであります」(宮本顕治『共産主義とモラル』1948年)


「男女の区別は永続する」という宮本の確信は75年経った今、大きく揺らいいでいる。突拍子もない思われた97年前の高群の男女・一体主義の方が今日、「どうも分がある」という情勢になっている。


今年は、男女の性別、性の在り様を考えさせられる出来事が相次いでいる。6月、LGBT理解増進法が国会で成立、施行された。正式名称を「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」というこの法律は、性的指向・ジェンダーアイデンティティ(性自認)の多様性に関する施策の推進に向けて、基本理念や、国・地方公共団体の役割を定めている。罰則のない理念法ではあるが、高群や宮本の生きた時代には、「退廃」「変質」「犯罪」等扱いされた同性愛やトランスジェンダーが法律で認められ、差別や中傷、揶揄は違法とされる。




【画像④ 戦前、治安維持法違反、致死遺体遺棄容疑などにより12年間投獄された後の日本共産党トップ・宮本顕治(右、1908~2007)と妻で作家の宮本百合子(1899~1951)。百合子はソ連などの見聞をもとに、積極的に優生思想の普及を主張していた共産党員作家である。】



◆特例法の手術要件は「違憲」~最高裁が判断


10月25日には最高裁判所が「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(以下、特例法)について、同法が戸籍の性別を変更するときの要件の一つとした「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」(第3条第1項4号)の要件を「違憲」と判断する決定をおこなった。


また最高裁は「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」(同5号)の要件、いわゆる外観要件についても、これまでの判例を変更し、高裁に差し戻し、審理のやり直しを命じた。外観要件についても近いうちに「違憲」と判断されることが予想される。


これにより、戸籍上の性別変更を希望する人は性別適合手術(性転換手術)を受けなくても性別を変えることができる。身体への負担がなくなることを歓迎する当事者たちの声がある一方で、精通する「女性」や妊娠する「男性」が現れる可能性もあり、また外観上は男性がある状態の「女性」が女性トイレや公衆浴場の女湯に出現するなどの社会的混乱を懸念する声もある。



◆「身体的な性と心の中で自認している性との不一致に苦しむ人たちの人権を守る画期的な法律」ともてはやされた特例法~与野党ともに「アクセル」となったブレーキのない法案審議


特例法は2004年に超党派の議員立法として提案され、全会一致の賛成で成立した。当時は、「身体的な性と心の中で自認している性との不一致に苦しむ人たちの人権を守る画期的な法律」としてもてはやされたが、わずか20年足らずのうちに人権侵害で憲法違反と見做されるようになってしまった。


法律制定時の検討や議論は十分だったのか? 結局、今回の最高裁判断が出たように、特例法がどんな事態をもたらすのか、立法府として見通すことが出来なかったのだから、特例法に関わったすべての国会議員たちの責任は重い。


超党派の議員立法なのだから、与党だけではなく、野党にも同等の責任が問われる。法律の提案から成立のまでの過程において、与党はアクセルに、野党はブレーキに例えられることが多いが、特例法では、与野党ともにアクセルとなった。法案による影響はどんなものか、矛盾はないか、野党がブレーキとなる質問をすることで、法案は安全なスピードでカーブや難所を通り、成立させることができる。だが、特例法は一度もブレーキを踏まないまま、猛スピードで成立してしまった。



◆異例だった公明党と共産党の連携~浜四津敏子参院議員(公)と井上哲参院議員(共)の質問


野党側で特例法成立にとくに熱心だったのは、公明党と共産党である。



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