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現代フランス語に息づく古典ラテン語の薫り

以前フランス語をほんの少しだけかじったことがある。
さらに同時期にドイツ語を学び直そうとし、また古典ギリシア語にも手を出していた。
欲張りにも程があるが、案の定このポリグロット計画はうつの悪化とともに立ち消えになった。

結局一通りやり通した外国語は英語を除けばラテン語のみとなる。
ドイツ語は短期間で文法をさらったため実は所々怪しいところがある。
どうやら筋金入りの飽き性である私は、なんとか自分の知的好奇心を刺激して学習を継続させる必要があるようだ。

そこで今回は、フランス語に触れたときに気づいたラテン語の名残について書いてみたい。
前述の通り私のフランス語の腕は初心者もいいところで、発音規則やごく簡単な文法の心得しかない。
あくまで雑学としてみてもらいたい。
尚、カナ表記の読みはラテン語・フランス語ともに便宜的なものであり、特にフランス語の読みはカタカナでは表しきれないため参考程度に考えてほしい。


冠詞

フランス語の名詞は男性名詞と女性名詞に分けられる。
そのため英語の the にあたる定冠詞はそれに続く名詞の性によって二つが使い分けられる。
男性名詞には定冠詞 le(ル)が、女性名詞には la(ラ) がつく。
これを見たときラテン語既習者はピンときたはずだ。

そう、ラテン語の指示形容詞・代名詞 ille(イッレ), illa(イッラ) の語末と一致するのである。
中性名詞はないため illud(イッルド) にあたる冠詞はないが、この最初の発見は私に古代から連綿と続くラテン語の薫りを感じさせた。
これは私見だが、冠詞の存在しない古典期のラテン語から俗ラテン語を経てロマンス諸語へと分化する過程で指示形容詞が定冠詞として使われ始め、その語頭 il が脱落していったのではないだろうか。

英語の a にあたる不定冠詞も同じだ。
男性名詞には un(アン)、女性名詞には une(ユヌ) がつく。
これも一目見てわかる通り、ラテン語の1を意味する基数詞 ūnus(ウーヌス), ūna(ウーナ) が元だろう。

人称代名詞

フランス語の一人称単数の代名詞は je(ジュ) であり、ラテン語は egō(エゴー) だ。
これらは一見して繋がりが見受けられないが、調べたところ語源的にはラテン語のそれを元にするらしい。

対して二人称単数の代名詞 tu(テュ) は明らかで、ラテン語は tū(トゥー)だ。字面が完全に一致している。

三人称単数の代名詞はフランス語でそれぞれ男性が il(イル)、女性がelle(エル)だが、これらは微妙なところだ。ille と illa に似ているような気もする。

複数形の一人称と二人称にははっきりとラテン語の名残を感じられる。
フランス語の一人称複数代名詞 nous(ヌゥ)はラテン語の nōs(ノース)、二人称複数代名詞 vous(ヴ)は vōs(ウォース)にあたる。

存在動詞

英語のbe動詞にあたるものはフランス語では être(エートル)だが、これの活用形にもラテン語の名残がみられる。
フランス語の発音はアンシェヌマンやリエゾン(連音)により前の単語の語末の音と繋がる。
以下ラテン語→フランス語の順で示す。
ラテン語は通常主語の人称代名詞は省略されるが、ここでは比較のため全て書くことにする。

  • 一人称単数 egō sum(エゴー スム)→  je suis(ジュ スュイ)

  • 二人称単数 tū es(トゥー エス)→ tu es(テュ エ)

  • 三人称単数 ille / illa est(イッレ/イッラ エスト)→ il /elle est(イ レ/エ レ)

  • 一人称複数 nōs sumus(ノース スムス)→ nous sommes(ヌ ソム)

  • 二人称複数 vōs estis(ウォース エスティス)→ vous êtes(ヴ ゼットゥ)

  • 三人称複数 illī / illae sunt(イッリー/イッラエ スント)→ ils / elles sont (イル/エル ソン)

疑問詞

英語の what(何)にあたる疑問代名詞はフランス語では que(ク)、who(誰)は qui(キ)となる。
これらはともにラテン語の疑問代名詞 quis(クウィス)、quid(クウィド)が語源と思われる。

また、where(どこ)にあたる où(ウ)はラテン語の ubi(ウビ)の bi が脱落したものではないだろうか。
when(いつ)を表す quand(カン)は明らかに quandō(クワンドー)から来ている。
疑問形容詞 quel(ケル)は 「どのような」という意味のラテン語 quālis(クワーリス)に由来するらしい。
そしてこれは疑問詞ではなく接続詞だが、because(なぜなら)にあたるのは car(カール)で、これはラテン語の cur(クール)に似ている。

動詞

ラテン語→フランス語の順で示す。
ラテン語の動詞は一人称単数現在形と不定法、フランス語は不定形である。

  • habitō, habitāre(ハビトー、ハビターレ)→ habiter(アビテ):住む

  • amō, amāre(アモー、アマーレ)→ aimer(エメ):愛する

  • volō, velle(ウォロー、ウェッレ)→ vouloir(ヴルォワール):~を欲する、~したい

  • dēbeo, dēbēre(デーベオー、デーベーレ)→ devoir(ドゥヴォワール):~ねばならない

  • fīniō, fīnīre(フィーニオー、フィーニーレ)→ finir(フィニール):終わる、終える

  • veniō, venīre(ウェニオー、ウェニーレ)→ venir(ヴニール):来る

名詞

ラテン語→フランス語。

  • amīcus(アミークス)→ ami(アミ):友人

  • tempus(テンプス)→ temps(タン):時間

  • liber(リベル)→ livre(リーヴル):本

  • fīlius(フィーリウス)→ fils(フィス):息子

  • quattuor(クワットゥオル)→ quatre(カトル):4(数詞)

  • lūna(ルーナ)→ lune(リュヌ):月

  • fenestra(フェネストラ)→ fenêtre(フネトゥル):窓

  • arbor(アルボル)→ arbre(アルブル):木

  • caelum(カエルム)→ ciel(スィエル):空、天

形容詞

ラテン語→フランス語。

  • bonus(ボヌス)→ bon(ボン):良い

  • grandis(グランディス)→ grand(グラン):大きい

  • tōtus(トートゥス)→ tout(トゥー):全ての

  • bellus(ベッルス)→ bel(ベル):美しい、素晴らしい

  • novus(ノウス)→ nouveau(ヌーヴォ):新しい

フランス語初学者がざっと見た限りでもこれだけの一致が見られるのは驚きだった。
英語にもラテン語由来の言葉は多くあるが、やはりロマンス諸語はラテン語の直系の子孫だけあってその名残が色濃い。

今後もこのような小ネタを挟みつつ挫折しないように語学に取り組んでいきたい。



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