アナザー・ライフ・オン(古賀コン お題:アメリカの入学式)

 おれは大学の入学式に出席する。パーカーにデニム、フィリップ・K・ディックのTシャツを着たおれは手持ち無沙汰に鞄をぶら下げている。ニッポンジンはおれ一人だ。アジア人差別を受けたらおれは即座にそいつの足を踏みつけて相手の喉に指を突っ込み「おれはニンジャだ。おれの爪に塗ってある毒はCovid-19よりキツいぜ」と言うつもりでいるが、周囲の学生たちは朗らかな雰囲気で、群れながら談笑したり、あるいは孤独だったりしながらホールへと向かっていて、おれもその波の中にいる。突然おれは話しかけられる。
「ハイ、はじめまして。おれはベイト。なぁ、入学式では何を投げるんだろうな。おれたちは賭けをしてるんだ。ほら、卒業生は四角い帽子を投げるだろ?あれが嬉しくてしょうがないって感性にこれから矯正されていくのってつらいよな。それはそれとして、じゃあ最初になげるのはなんだ?まさか免許証じゃないだろ?なんだと思う?おれはな、Windows95じゃないかと思うんだよ。だって放り投げるくらいにしか使えないだろ?マイクロソフトの倉庫には不良在庫のCD-ROMが腐るほどあるんだ。でも彼女、キャシーは」「ハーイ」「ネズミを投げるに違いないってさ。もちろんばい菌まみれのドブネズミじゃなくて、実験用のマウスな。で、それをでかい布でキャッチして、そのあとまた実験に使うんだって」「そしたら無駄がないじゃない?」オーケーおれは今この大学にふさわしいか試されてるんだな。わかったよ。おれはこのクソユーモアに付き合う覚悟を決めてベイトとキャシーに向かって答える。「おれは答えを知ってるから言うけど、投げられるのは白人の首だよ。君らなんてうってつけだぜ。先住民の呪いで毎年30人分の首が宙に投げられるんだ」「そしたら入学生が減っちまうじゃないか」「いいや、投げたあと繋がるから大丈夫なんだよ。呪いは年々弱くなってるから、首を引き離し続ける力がもうないんだってさ。だからまぁ、くっつくときに角度に気をつけておけば大丈夫だね」「あなたって物知りなのね」「君は先住民の血が入ってるのかい?」「流された血に申し訳ないけど、マジで他所者のニッポンジンだよ」「ナルト!」「ワンピース!」「ファッキュー、アベンジャーズ」「おい、アメリカ人がみんなマーベル映画を好きだなんて偏見はやめろ」「そうよ」「この州って外国人でも銃を買えるんだっけ?いますぐ撃ち抜きたい頭が目の前に二つあるんだけどな」「HAHAHA」「HAHAHA」おれたちは三人仲良くホールに入って受付を済ませると適当な席に座る。しばらくするとアメリカ国旗と州旗と大学のシンボルマークがかかげられた壇上に学長が現れ、「この混迷の時代に…」とかいうスピーチを始めるが、その瞬間ベイトとキャシーの四肢が胴体からポーンと飛び出してふよふよ浮く。
「マジかよ!」ベイトは叫ぶ。「ぜんぜん痛くねぇ!」その隣でキャシーは「首じゃないじゃん、首以外じゃん…」とめちゃくちゃテンションが下がっている。会場中で同じ現象が起きている。混乱の中で壇上から「シャラップ!」の声。全員がそちらに顔を向けると輝く巨大なXの文字をドローンで頭上に浮かべたイーロン・マスクがおれたちを睨みつけている。
「火星に行きたくないのか?未来が見えないのか?過去がなんだ?おれたちは未来を買い取るんだぞ。過去の呪いだのに困惑してるんじゃない!おれが解決してやるから落ち着けクソども」
そしてサラサラと小切手に何か書き付けて壇上から何枚もそれをばら撒いていく。
「おれは火星に行くんだ!」
その言葉と共にイーロン・マスクの頭がスペースシャトルのように胴体から切り離されて打ち上げられる。それはホールの天井にぶつかり、Xを浮かべているドローンの羽に切り裂かれて血を撒き散らしながら輝くXにビカビカと照らされ感電している。天井が激しく震え軋んでいる。
「おれは!火星に!行く!スペースX!」
ついに天井をぶち抜いたイーロン・マスクの頭は天へと垂直に昇っていく。会場は感動につつまれ拍手と喝采で割れんばかりだ。その時、おれはアメリカの入学式になんてこれっぽっちも出席したくなかったことに気づく。おれは孤独だ。今までの短い人生を振り返って、自分の生はここに辿り着くようにデザインされていたように感じて、そのすべてが間違っていたんだとマジで悲しくなってくる。天井の穴がおれに「ライフ・オン・マーズ」とささやきかけてくる。おれは穢されたことに涙をこぼしてしまう。でもベイトもキャシーもおれが感動で泣いていると思って千切れた手でバンバン背中を叩きながら笑いかけてくる。泣いているおれに後ろから声がかかる。
「ヘイ」
「なんだよ」
振り向くと不良になったアメリカの長濱ねるみたいな感じの女がドゥーム・パトロールのTシャツを着て立っていて、だるそうに首をかしげてうるんだ目でおれに言う。
「今から退学届を出して一緒にスコセッシの新作を観に行かない?あたしいまめちゃくちゃ悲しいんだよ。そう見えないかもしれないけど」
「めちゃくちゃ悲しそうに見えるし、精一杯強がってるのも伝わってるし、誰かと一緒にまともな人生を仕切り直す始まりとしては悪くないって感じだから、行くよ」
「じゃ、出ようか」
おれたちはホールを出て正門を抜けてから大学に向かって中指を立てて、ちょっと笑ってストリートを南に向かって歩いて行く。
「おれドゥーム・パトロールのシーズン4まだ観てないんだ」
「うっわ。うちで観てもいいよ。きみがクソ野郎じゃないなら」
「おれはクソ野郎だけどマシになりたいと思ってるところで、君がクソ野郎か判断できないけどドゥーム・パトロールは観たい」
「あたしはクソ野郎じゃないけど」彼女は言う。「あんたの頭の中にしかいない都合のいい守護天使で都合良く振る舞ってるだけだから期待しないで」
おれのTシャツにプリントされたフィリップ・K・ディックが笑い声をあげた。

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