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愚者

kと会った後の1週間ぐらいは頭の中がフワフワしてしまうし、油断すると喜怒哀楽と関係なく涙が出てきてしまう。
脳内整理のために書くので、見苦しく文章になることを先にお断りさせてください。また、性的描写も含みますので、不快に感じられそうな方はこれより先はどうかご遠慮ください。タロットの話ではございません。

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「何歳になったの?」
「45歳よ」
「すごいな。45歳にはどうやっても見えないな。もうこうなってくると、年齢言いたくないっていうより、むしろ言いたいだろ?」
「それはあるね(笑)。なんでみんな隠すんだろ。セクハラでもなんでもなく、むしろ聞いてって思ってるわ(笑)」

騎乗位の状態でこんなやりとりをしながら、「そういえば、去年も似たような会話したな。あの時も同じ体勢だったか」などと、どうでもいいことを考えてる自分に笑える。こういう時の私は、お父さんの上に乗っかり無邪気に学校の話をする小さな女の子でしかない。

kは数ヶ月周期で、食生活を変えて筋肉にどう変化が出るかの「人体実験」をストイックにしており、プロテインを増量したり、脂質を減らしたり、減量したり、甘いものを食べたりしている。ベースのご飯は玄米。野菜も有機JASのを買ってるって言ってた。初めて、いや最初で最後だったけど、私のリクエストでメキシコ料理屋で食べた時も肉が入ってないものを頼んでたし、ちょっとスープに入ってたササミを「サキ、食べる?」って聞かれた(もちろん貰った)。
その時「kは肉を食べないのね。私は大好き」「俺にとってサキが肉であり、お酒なのかもしれないな」「なるほどね。スペイン語でla carneって肉って意味だけど、肉欲って意味もあるからね。kはそれだね」って会話をした。私のnoteの名前はここから来てる。

「だいぶ尖った食事管理をしてる人」と認識した。私は何でも食べられるので、そこは合わせようと思った。「お昼何食べたい?」って聞いたら、ハード系のパンが食べたいと言うので、最初の頃は美味しいパン屋さんでお昼ごはんを買って会った。しばらくすると「俺、最近米にはまってる」って言ってたので、「あらそう?じゃあ私もお弁当作ってくわ」と、それぞれ別々のものを作って食べてた。私のおかずをつまみ食いするし、なんとなく作って欲しそうにしてるので、「作ろうか?」って聞いたら即答した。それから私がお弁当を作るようになった。ただ、肉は食べないって言ってたし、魚のおかずか出汁巻き卵か厚揚げとかばかりになった。肉が使えないお弁当は中々ハードルが高い。なのに、つい数ヶ月前に「えっ、俺、別に肉食べるよ。肉食べないって言った?そういう時期だっただけじゃない?」と驚愕の事実で、ようやく肉を使ったおかずを作れるようになった。早く言えよ。

トレーニングをする人は私もそうだが、食事以外にプロテインを摂るなど基本タンパク質の摂取量が異様に多い。炭水化物の摂取も重要だとkは言ってたが、タンパク質>炭水化物 と理解してた。それが今回、「おにぎり多めがいいな。4個ぐらい食べる!肉とか卵とかおかずもあったら嬉しい」って言ってたので、また何か実験を始めたんだろうな、と思った。
案の定だった。「タンパク質至上主義に反旗を翻すというか。タンパク質をゼロにはしないけど、プロテインはやめてる。やめて筋量下がるどころか、俺、重量ずっと上がってるんだよね(重量トレーニングで前より重いものを上げられるようになる)。まだ期間短いし、色んな研究とか理論でタンパク質重要と言うのはわかるけど、米中心の食事でどれほど筋肉に影響が出るか知りたい」。とホテルへ向かう道中で高速で説明するkに、ふむふむと聞いていた。

部屋に入ってキスをした。いつもなら私がシャワーを浴びてる間にプロテインを飲んでいるのに、今日はこれから自分で作ってきたおにぎりを食べるのだという。それでも、おにぎりを頬張って動いているkの口にキスをし続ける私は、やはりどこか頭のネジが外れてるのだろう。更にお昼は私のおにぎり4個とおかず、それにウェルカムスイーツでもらったスイーツを、今日は珍しく食べたいと言い、プリンとどら焼きを食べるのだとか。そんなに食べられるの?

いつも頭の中が竹とんぼみたいにくるくる回ってるところは、最初出会った頃から全く変わらない。敏腕経営者の異常値駆動の話やら、施政者と飢餓の関係と運の話とか、両生動物が爬虫類、哺乳類、人間へと進化して、両生動物の名残が橈骨と尺骨の捩れだと変な動き付きで説明する。カーネルサンダースは遅咲きだという話から、「俺だってTFCって40過ぎてから始めてるかもしれないじゃん?」って瞬時に自分の苗字を当てたり、私にとってとにかく面白くてしょうがない。

kはよく本を読んでる。ガチガチの理系だけど、ジャンルが幅広い。家でもよく本を読んでるらしいが、家の中をぐるぐる歩きながら本を読んでるらしい。「座ってばかりいるから人間は退化する」とよく言っていて、二宮金次郎みたいに家の中をぐるぐる歩いて読んでるらしい。私にはそんな器用なことはできないな。といつも思う。
今は歴史の本を読んでるらしい。
「歴史って何が面白いの?過去に起こったことを振り返ったところで、何も変わらないって私は思ってしまう」
「まあそうだろうね。人は未来のことを知りたいから、それにお金を出すよね。例えば競馬でどの馬が当たるかって、しょうもないことだけどそれがわかるなら、何百万でも出す人がいるだろうね」
「そりゃそうでしょ?しょうもないけど、でもそこが知りたいでしょ?」
「俺は別に誰が何をしたってことは興味がない。例えば織田信長が施政者として才能があったって言われるけど、タイミング、運なんだよね。そういう分析もあるし。歴史的な事柄や国民性ってそうなる背景がある。例えばスイスってトラクターとかも入れられないような急峻な山に囲まれてるだろ?どうやっても農業や工業で生き残れそうにもない、だったら銀行とかそれ以外のところで道を探す。バイキングが海を支配したように。今ある国民性や人種って言うのは淘汰された結果なんだろうね。そういうのが面白い。同じ過去、歴史を見ても、どんなフィルターつまり感性でそれを切り取るかで見方が変わるから、俺の視点で歴史を切り取るのが面白い」

つい30秒前に果てて朦朧としてるはずなのに、私が聞いたら、めんどくさがりもせず、ちゃんと説明できるkがやはりすごいと思う。本当にどこかものすごく狂ってると思う。kは自分がものすごくめんどくさがりだ、とよく言う。私からしたら、筋トレしたり、仕事とは関係ない難しい本を読んでることの方が、めんどくさいのにって思うけど、めんどくさいの概念がそもそも違うのだろう。その頭脳を使って、ビジネスに活かすなり、社会に貢献すればきっともっとたくさんの人を幸せにできるだろうに、それもめんどくさいといつも言う。そんなめんどくさがりで、でも鍛え抜いた美しい体の男が、私の秘部にずっとずっとカブトムシのように吸い付いてる姿を見ると、なんて贅沢で不思議な光景なのだろう、といつも思う。無駄なほど体が美しく彫刻のようだ。見た目には関心がなく、とにかく己が感じる頭の良い男が恋愛対象になる「サピオセクシャル」だと自覚していたけど、もはやその「カテゴリー」は手放さなければいけない気がする。美しい肉体と美しく濾過した思考をもつkに出会ってしまった私は、「kセクシャル」でしかなく、それ以外の人に何の反応も示さなくなってしまった。

kは「宇宙の中で愚かさを経験する担当が人間であり、それでいい」と時々いう。食料が限られてた昔は、知恵もない愚かな人はその集落などの小グループでも生きていけず、最悪殺される羽目になっていたとか。おじいちゃんおばあちゃんの経験や知恵もなく、知能がない若者は生きる道がない。だから自分が愚かではないと証明する必要があった。今、成功者の「こうすればうまくいく!」みたいなハウツー本が売れるのも、こういった「愚かだと殺されるかもしれない」という感覚の現代版だと言う。「面白いし、なんて人間て可愛いって思うよな。俺も含めて。本当は生きてるだけで人間は意味があるんだよな」と言いながら、何回も村のリーダーに連れて行かれて、不意打ちで殴られてしまう愚かな人のコントみたいなのを続ける。

「誰しも生きてるだけで価値がある」という話から、私が昨日娘に激昂したとkに告白した。その日はピアノのレッスンの振替でいつもと違う時間だった。私は仕事だったので、家を出る時間帯に「そろそろ出ないとね」などとメールしたが、何の返信もない。そしたら、「レッスンの時間になっても、またみえてないのですが」と先生からLINEが入り、慌てた。何か事件に巻き込まれたり、事故にあったんじゃないかって。何度も電話しても返事はない。慌てて家に戻ったら呑気に部屋にいた娘に安堵すると共に、激しい怒りを覚えた。娘の言い分としては、時計の「分」のところしか見てなくて、1時間ずれていて気が付かなかったという。そもそも、時間感覚が狂ってることがおかしいし、スマホの電源を切って私と連絡を取れないというのが問題だ、と怒り狂ってしまった。

その話を聞いたkは、ちょっと呆れたように笑った。やっちまったな。って感じに。「この時間感覚のなさ、発達障害かしら?」と続けて不安を吐露する私に、「発達障害ってカテゴライズすることで、安心するならそうすればいいけど。あやかちゃん(娘)は時間感覚が苦手なのかもしれないけど、それはもうそういうところとして認めてあげないと。注意してもきっと5万回繰り返すよ笑。ねえサキ。さっきからずっと言ってるけど、誰もがもうそこに存在してるだけですごいんだよ。人の迷惑になってほしくない?じゃあ、五体不満足な人は価値がないって思うの? 価値がないとは他の人には思わないけど、自分の子は周りに迷惑かけたくない? 迷惑なんて大人でもかけるし、そういうもんだよ。誰もがすごいところがあるんだよ。人に迷惑をかけずに、大人が扱いやすい子にあやかちゃんに育ってほしいの? 女の子だから余計心配する気持ちは、俺も女の子がいるし分かるけどさ」

叱られた。やんわり叱られた。kの叱り方というか、「それは違うんじゃない?」の言い方がいつも優しい。二元論の考え方が嫌いだと言いながら、「それはダメってことだよね?」ってすぐ、いい・悪いの思考に陥りがちな私に、いつも気づきを与えるのがk。

「サキだってよく忘れるでしょ?してもらってる俺がいうことじゃないけど、味噌丸持ってく!って張り切ってたのに、忘れた!!っていうこともあったじゃん(笑)。ピアスをホテルに忘れた!って言ってたこともなかった? それでも人ってどこかすごいところがあるんだよ。みんなすごいの。存在するだけですごいの」

「すごい」という極めて抽象的な形容詞を、頭が良くて、普段早々使わないkが連呼するのが不思議だったし、同時に自分が恥ずかしくなった。私は自分のコントロールは割と得意だけど、娘が絡むといつも自分らしさを失う。すぐ怒るし、おおらかに接することがきっといいのだろうけど、いつもうまくいかない。こうだったら私ももっとよかったのに、を娘に押し付ける情けない母親だ。kはそんな私の母親としてのカルマさえも、気づきを与える人だったのか。出会いの必然性と偶然性をいつもkから感じる。

もうあと20分ぐらいしか残ってない。「そろそろ帰る支度しようか」とスマホの時間を確認するkに、「いや、まだいや」と言ってkに吸いついた。kのスマホを見られないようにお尻の下に隠した。今日4回目、私の中で果てるkを感じて、意味もわからず涙が出た。震えるほど幸せな時間だった。

人は私を愚かだと言うかもしれないし、不純で陳腐な関係に過ぎないと笑うだろう。それは愛じゃないと指摘するものもいるだろう。でもそれでいい。
愛なんて知らないし、分からない。このどうしようもなく愛おしいと思う感情を愛じゃないと言うのなら、私は愛なんて知らなくていい。

私は今日も明日も、愚かだ。
そしてどうしようもなく、kが好き。
私と出会ってくれて、感謝しかないの。




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