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無限の蟻

さて、今日は何をしようか。
まだ、何も書き込まれていない荒野は、風だけが吹いている。
「オイオイ、馬鹿言っちゃいけないよ。一体、風以外に何が吹き得るってんだい?」
いじの悪い小男が言う。
(いじの悪い男というのは決まって小男だが、これは大柄な男は尊敬されるのに対し、小柄な男は必ずしもそうではない、ということだろうか。あるいは、ラテンアメリカのおっとこれ以上はやめておこう。)

ともかく、反論せねばならない。
この段階で僕はすでに「反論する」という相手の敷いた線の上を歩いている。
負けだ。
とはいえ、あえてここで相手の
「おい、無視すんのかい」
まあ待て、今返事する
「早くしろよ」
あんたは小説の世界の時間というものを分かってない。
現実には一瞬でも、小説の中では何ページも稼げる。現にプルーストは
「ところでよう」

話題を変えられたらおしまいだ。
僕は、
1、風以外に吹き得るものはあるか?
2、ここで自分の非を認めることで何が起きるか?
を知りたかったのだが、その道は閉ざされ、好奇心は解消されることがなく無意識の世界を永遠に彷徨うのだろう。
もしかすると、僕が耐えられないのは、こうした解消されない衝動なのかもしれない。
いじの悪い
「お前さんはさあ、いつまでたっても自分のことばかり話すねえ」

この男、いじは悪いが、意外と的確なことを言うのかも知れぬ。
いや、むしろ、的確さというものが本質的に
「喉がかわいたねえ。」
そりゃあ、ここは荒野だからな。
乾燥している。
「何か飲むものをくれないか?」
なぜ、僕に頼むんだ?
「お前なら、飲み物を出せるだろう?」

確かに、筆者である僕は、この荒野に泉を沸かせることもできるし、雨を降らせることもできる。
「さ、頼むぜ。」
しかし、癪だ。
この男のペースだ。

「おい!何するんだ!」
さっき、変換をミスった時に思いついたのだ。
飴を振らせてみた。
「痛い痛い痛い痛い!」
小男は本当に痛そうだ。
恨めしそうな目でこちらをみている。
分かっている。
いじが悪いのは僕の方だ。
だが、誰だってそうだろう?
存在しない存在(作り話の中のキャラクター)なら、いくらいじめても罪にならない、そう思っているのではないか?
いや、そうじゃない。
そうではない。
「止めてくれ!頼む!」
僕はさらに激しく飴を降らせる。
「ああああああああ!」
小男が悲鳴をあげた。

誰だって、心の中にこういったいじの悪さを秘めている。
内心、面白がっている。
それは、架空の人物に人格がないと思っているからではなくて、架空の人物にほとんど自分達と同じ人格を認めているからだ。
その上で、危害を加え、頻繁に殺す。

小男が静かになった。
飴が荒野を埋め尽くしている。
もはや、目を凝らしてみないと小男がそこにいるかどうかわからない。
僕は、あの小男、印象は悪いが決して憎めない小男、そして頭のいい小男を殺してしまった。
快楽のために。
その罪を覆い隠すために、蟻を降らせる。
地面を覆い尽くす蟻の群れだ。
無限の飴を覆い尽くすこれまた無限の蟻。

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