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#善は競え ~善は急げ①~


 高校の同窓会。卒業後の時間に自信を持っていない僕にとって、知らない15年間を埋めるような会に参加するのは勇気がいる事だった。それにも関わらずこの店の前にいるのは、変化した旧友を感じてみたいという好奇心から。異業種かつ利害の無いやりとりができる機会なんて他に無く、そのランダム性と親和性の中にこそ発見は存在するのではないかと思ったのだ。
 
店に入り、今も個人的に繋がっている数人と軽く挨拶したあと、僕は敢えて馴染みの薄かった集まりに身を置いた。

「おう、ヤマサキもきてたのか」
こんなふうに声をかけられる。目立たなかった僕が、依然として目立たないのは不思議な事では無い。
「うん。カワゾエがいないかと思って来たのに」
社会人という弄りや軽い暴力から離れた関係性を確保した現在だから、少し鋭角に切り返してみた。
「おぉ、言うようになったやん。なに飲む?」
軽い笑いが起こり、その笑いに乗って僕はぬるっと輪の中に入りこむ。
この集団は悪かった人間からイケていた人間まで、当時目立っていた人間で構成される、所謂トップ集団だった。そういう中にあって声をかけてくれたカワゾエは一際イケていて、頭も良かった。

 会が進み、惰性のビールを押し込んでいる間ずっと、僕は皆の会話を聞きながらチラッと人の時計に目線を落としていた。ずいぶん嫌なものが身についたなと我ながらがっかりする。

「それ、使いこなせてる?」
僕のスマートウォッチを指さしてきたのはエトウだった。
「ランニングに重宝するし、連絡も見落とさないし。ほら。」
2,3操作を継続している間に、僕はエトウの時計にチラッと目を遣る。つけているのはグランドセイコーだから単純な興味からの質問だろう。豪奢なヨーロッパ製の自動巻きでないのが彼らしい。
「お、お前、スマートウォッチなんだな。おれ、今それ関連やってんだ」
カワゾエが会話に加わってきた。カワゾエの腕にも見慣れないウェアラブル端末がつけてある。
「どういうこと?デザインとか?」
会話を進めるため、とりあえずの回答をしてみる。
「違う、違う、中身の問題。心拍、呼吸数、血圧とかそういうの解るだろ?それ」
「そうそう、めちゃくちゃ便利」
少し大きめの声で僕は言った。僕がスマートウォッチを使う真理はステータス競争からの離脱だが、健康機能はその視点をずらすのにちょうど良い。
「で、ストレスが測れたら?ってことをやってる」
「ん?」
僕は先を促す相づちを打つ。
「これでストレス度合いとか、緊張度合いとか、神経質になってるとか、極論、脳の状態が解るようになればどうですかっていう研究ね」
カワゾエはその見慣れないウェアラブル端末を見せながら言った。
「学生時代の俺につけて、お前らにイジられた時の数値を見せてやりたいわ」
理解を表す代わりに、思い出を取り出してチクッと刺してみる。
「まぁまぁ。だけど、今、俺やってるのはそういうのの研究。契約の研究員だけど。」
熱を帯びて話すカワゾエの変化は知らない15年間を垣間見せた。好感が持てる変化だ。
「いやそれ、マジで役に立ちそうな研究じゃん」
と、聞いていたエトウもその熱と酒で興奮しているようだ。
「そうね、役に立つと思うんだけどな。割に合って無いんだよなぁ」

どうやら契約研究員のカワゾエは、将来の保証が無く収入もそこそこ、多くの時間を奪われる単純作業を延々と繰り返す必要があるにも関わらず、明確な結果も求められる状況に疲れてしまっているようだった。それから少しの間、愚痴めいた話が続いた。

僕はカワゾエの身の上話を生返事で受け流した。僕の内側で僕は喜々として膝を打っていた。押し寄せるのは彼のやっている事にインスパイアされたアイディア。そして自分がそれを形にできるかも知れないという高揚感。そこから僕は早く会が終わることを願った。終わってからカワゾエの連絡先を聞き、早く眠ってしまいたかった。

閃きは一晩経ってまだウキウキできているかが大切だし、アイディアを迅速に形にするには最少人数で実行するに越したことは無い。

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