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#善は競え ~善は急げ③~

ファミレスから2ヶ月後。あれ以来連絡を取っていなかったカワゾエからメールが届いた。灰となったアイディアはもう地面に転がり、日常によって分解されている。息を吹き返すなんて考えもしなかった。

カワゾエ:【久しぶり。何か光見えた感じだけど。聞く?】
嬉しさと共に、この話の主導権を握られている感じもしてどこか悔しい。
ヤマサキ:【俺の話な。これ。】
一応、釘を刺すことから始めてみた。
カワゾエ:【知り?】
ヤマサキ:【たい。】
カワゾエ:【知りたい?】
ヤマサキ:【です。】
どう考えても劣勢だった。なにせ研究結果の集積無しにはこの儲け話は前に進まない。
カワゾエ:【お前のプレゼンには三つ良い箇所があった。一つは、医療用じゃない点。正確性もいらなければ、審査もいらない。アバウトな数字でも誰に文句を言われる訳じゃ無い】
ヤマサキ:【それっぽさね。】
カワゾエ:【もう一つは、善いことをした後の「心地よい清々しさ」だけを計れば済む点。意外と現在とれるデータの組み合わせでいけるかも知れない。】
ヤマサキ:【マイクロチップ埋め込まなくてもだよな…】
カワゾエ:【3つ目。類似する仕組みのサンプルが採れたら、マイクロチップでの技術が確立したときに一気に商業化できる。】
ヤマサキ:【悪くても仕組みとデータを売り払う。それでも十分残るものはある。】
カワゾエ:【どう転んでも。】
ヤマサキ:【で、具体的には?】
カワゾエ:【筑波で待ってる】
ヤマサキ:【土曜の夕方…】

ファミレスは嫌いだ。特に昼間のファミレスは最悪だ。何やら怖い風体の男が3人。死と余り違わない顔で待っている人がちらほら。成人した子供と母、定年間近の夫婦、おっさんとおっさん。順番に怖い風体の男達と面談し、期限と金額を約束させられている。大きな電卓が見えないくらい俯いているはげ頭が悲しい。
周囲を観察していると、気分が暗くなってしまう。

「お待たせ、2ヶ月ぶり」
カワゾエの疲れは相変わらずのようで、もともと色白の顔が少し青かった。
「久しぶり。あの話、何か勝算ある感じになってきたみたいね。」
僕は自分が発案者であり、権利者であることを根付かす為に敢えて少し上からの発言を意識した。
「とりあえず、俺の考えを見てくれ」
カワゾエはもう考えていた。頭が良いし助かるが、6:4や7:3に持ち込まれる未来が容易に想像できた。
彼が考えた商品の概要はこうだった。
善い行いを積極的に実践すると「心地よい清々しさ」うまれる。それが計測できるようになった。「心地よい清々しさ」を数値化することによってストレスからの解放を視覚的に認識、メンタルをより良好な状態に導くことができる。加えて、先ではアプリでの運用も可能になる。ウォーキングの例がわかりやすいように、「心地よい清々しさ」を数値化し、ポイントに置き換える事で日常において善い行いを実践する習慣づけにもなる。さらに、今後、ウォーキングなどの健康アプリと連動が主流になる予定で、フィジカルにおいても、メンタルにおいても、自身の健康が一元管理できる様になる。
「これで面白いのが…」

僕はカワゾエのテンションに圧倒される。既にこの話を僕より『この話』と思っているのではないか。というのも、彼は既に動いていた。別の実験に参加した人々に追加で私的に実験してみたというのである。

実験はこうだった。まず、心拍、呼吸、血圧と従来通りの数値がとれるウェアラブル端末をつけ、誰もいない待合室に通す。
そこにはゴミ箱があって、そこから50センチ離れて少し大きめの紙くずを用意する。
サンプルの人間はこのゴミをゴミ箱に捨てるかどうか。
捨てるときの脈や呼吸や血圧はどうなっているか。
捨てなかった人には、その後ウェアラブル端末でストレス解消に繋がる「心地よい清々しさ」を計っていると伝えてもう一度一人になって貰う。
ここで捨てた人の脈や呼吸や血圧はどうなっているか。

「いや、お前の本気度エグいな。」
僕は普段触れない実験のやり方を興味深く聞きながら、この話が現実に近づいていくのを感じた。
「それで、どんな感じなん?」
カワゾエは答える。
「サンプル数が少なくてなんとも確定性はないけど。とりあえず20人に実験してみて解ったことは、ある程度アバウトで良ければ善いことをしたあとの「心地よい清々しさ」は数値化できるということだ。呼吸が腹式になり、脈はその後少し緩やかになり、血圧も微妙であるけれど変化する。その要素の重要度に比率でかけたりすると、何となく数字になる。」
「おぉ、数値化できたら後は俺がアプリを作ればいいな。」
僕は自分の役割をしっかりカワゾエに伝えようとした。
「いや、ウェアラブル端末は実験装置の業者に発注して1つパイロット版を作らせた。アプリよりもとりあえずお前がこれの反応を気にしながら善いことをしてくれ」
「俺が、これをつけて善いことをするの?」
「サンプルが必要だろ?数値化はまだだけど。実感したらもっといいアプリへの活かし方が解るかも知れない。売れ行きもそんなとこから変わっていくはずだ」
押されて僕は返事をしていた。
「じゃあな、報告しろよ。」
カワゾエはまた研究施設へ帰っていった。
「4万6千円…」
僕はまた、移動経費を呟いていた。
視界の先には萎縮しきった債務者が肩を叩かれていた。何も答えずに、震えていると身綺麗な人が入ってきた。弁護士。無計画に金を借りる人間、無計画な人に金を貸して不当に利益を得る人間、善人のふりをしてもともと無かった金を成功報酬に変えようとする人間。目に映る3者が3者とも救いようが無くて、とりあえず預かったウェアラブル端末に目を落とした。明日からこれをつけて生活をしてみよう。

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