大転換期のウェブメディア ①3rd Party Cookie規制というパラダイムシフト
ウェブメディア運営の大転換が訪れる
2024年秋、Google Chromeにおける3rd Party Cookie(3PC)規制が開始される。これは過去に2度ほど延期されていたものであるが、今回はほぼ間違いなく実施される。本稿執筆時点の2024年3月現在、またもや延期ではないかという楽観的な見方があるが、これは楽観的に過ぎる見方と言ってよい。なぜなら、これはGoogleという企業単体の話ではなく、世界規模での政府による規制が絡む話であり、誤解を恐れずに言えば、Googleはそれをコントロールする立場にはないからだ。その視点で見れば、規制当局の事情により開始が遅れる可能性は否定できないが、過去2回のような大きな時期変更ということにはならないであろう。
では、これがなぜ大転換をもたらすのであろうか。以降で論じるが、3PCに関する基本的な知識を有しているという前提で話を進める。ただ、筆者自身はテクノロジー専門ではないため、記載内容の間違いなどがあればコメント欄で指摘していただけると幸いである。
3PC規制で影響を受ける部分
3PC規制によってどのあたりが影響を受けるのかという点であるが、主に、マーケティングで利用するようなデータの計測や広告配信に大きな影響があると言われている。この中でウェブメディアに大転換期が訪れるとする最大の理由が、3PC規制が広告収入にもたらすインパクトである。これまでCookieベースのターゲティングはウェブ広告の特徴のひとつであり、テレビなどの他のマス広告との最大の差別化要因であったと言えるが、その肝となる技術が使えなくなるということだけでインパクトが大きいとする理由を説明するに十分であろう。3PCをフル活用している広告としてはリターゲティング広告が挙げられるが、これが今後、3PCをベースにすることができなくなる。もちろん、他の手法を用いてのリターゲティングは可能であるだろうし、その手法は間違いなく出てくるであろう。この点については、別稿で触れる予定だ。
実際にAppleの提供するブラウザSafariではすでに規制が開始されており、ウェブ広告の配信単価を見ると、圧倒的にiOS、Mac向けの単価が低い。これはSafariではすでに3PCが無効で、現在のウェブ広告のエコシステム外にあるゆえの事象であり、それを承知している広告主がiOS向けに出稿してこないからであると推測できる。
ちなみに、Similarwebによる計測では、モバイルでのブラウザシェアの61%がChromeである。デスクトップにおいては66%がChromeである。これは3分の2のシェアであり、かなりの大きさであることを考えると、Safariにおける規制よりもはるかに大きなインパクトがある可能性がある。
Similarweb「トップデスクトップブラウザの市場シェア」
https://www.similarweb.com/ja/browsers/worldwide/desktop/
同「トップモバイルブラウザの市場シェア」
https://www.similarweb.com/ja/browsers/worldwide/mobile-phone/
2024年3月現在、ウェブ広告業界内では、大幅に下落するであろう広告単価にどのように対応するかが、ようやく日常の会話でも語られ始めたところだと感じている。こうなるであろうことは多くの人が気づいていたはずだが、実際の会話に自然な感じで出てくるとなると最近の話であると思う。2024年の10月頃を3PC規制100%適用の開始時期だとすると、本稿執筆時点では残り6か月という段階(部分適用ということであれば、さらに早期だろう)に来ており、筆者の印象ではやっと重い腰を上げ始めた関係者が増えてきたといったところである。そのほか、その腰すら上げていない関係者がいるようにも感じるが、どうしたらいいか分からないパターンか、あるいは全く関心がないかのどちらかであろう。どっちにしても、その態度のいかんに関わらず、3PC規制の荒波には飲み込まれる。早いか遅いかの違いだけだ。
実は、3PC規制に関する準備という点では大きな動きは出始めていると言える。これまでウェブ広告を牽引してきた企業のひとつと言えるデジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社(DAC)が、同じく博報堂DYホールディングス傘下の株式会社アイレップと合併し、新たに株式会社Hakuhodo DY ONEを2024年4月1日に設立した。これは3PC規制による業界再編に対し先手を打ったものと筆者は見ている。
Hakuhodo DY ONE 「事業開始のお知らせ」
https://www.hakuhodody-one.co.jp/news/detail20240401_01.html
先手を打ったというのはあくまでも推測に過ぎないが、その根拠はある。すなわち、ウェブ広告業界では2010年前後に訪れたプログラマティック広告の台頭により大きく収益モデルを変えざるを得ない事態に陥った。それまでは提案型の営業で広告を売っていたところに、すべてシステム上で完結する世界がやってきた。メディア側は仕組みは変われど、その後も広告収入を確保できたという点では比較的影響はなかったが、特にメディアレップと呼ばれるDACや電通傘下のサイバーコミュニケーションズ(cci。現在は株式会社CARTA HOLDINGS)はその影響をもろに受けた会社であり、その時の経験を活かして先手を打ったのではないかと見ている。これはCARTA HOLDINGSも同様であろう。
また、次回以降で取り上げるが、ウェブメディア事業の譲渡、運営する複数メディアの再編、事業停止が活発になっているようにも感じる。個別の企業の事情を全て把握しているわけではないし、たまたま事業年度の変わる4月ということもあるのかもしれないが、例年よりもこのような話が聞こえてくる度合いが多いように感じる。
この次には何が主流となるのか
上記のとおり、大小の動きは出始めているが、実際に何が起きるのかはまだはっきりと見えていない。企業の合併、あるいは個別企業内の業務再編は3PC規制にあらかじめ備える類いのものではあるが、多くの場合、その先に何かの答えがあっての行動であるようには思えない。現場レベルでの議論では何も答えがないとみなすのは大袈裟すぎるとも言えない状況であるし、個々人の中にそれぞれの理屈があったとしても、それが業界的に一般化されたものであるとは到底言い難い。まずは体制の整備からというのが実際だろう。
とは言え、現時点でいくつかの代替方法の提案自体はされている。特に本件の主役と言えるGoogleがPrivacy Sandboxの機能を積極的に案内し始めているほか、確定IDや推定IDを利用した代替策を展開している企業の動きもにわかに活発になっている。それでもまだまだ海のものとも山のものともつかぬといった状況で、いずれも決定打と言える解決策とは言えない状態である。加えて、これらのサービスは個別の企業が提供する「閉じられたサービス」であり、いまのところの彼らの話を解釈する限りでは汎用性はない。もちろん、それらのサービスからデファクトスタンダードが生まれて、そのうち標準になるということはあり得るが、現状では混沌としているというのが適切な表現方法であろう。
しかし、その状況下でも何かはしなければ規制開始後の混乱は避けられないと考える関係者が出てきたのはいい傾向であると思っている。一時期はふたが開くまで誰も何もしないという印象まであり、仮にそれが最適な行動であったとしても、あまりに動きが見えてこないのは業界で生きる人間としては不安であった。何が正解か分からないなか、できれば誤った選択をしたくないし、それであれば一定の流れができたときにそれに乗りたいという心理も様子見という行動を取らせる要因だろう。だが、おそらくそれでは規制開始後に沈没するだけである。これも後述する予定だが、ウェブメディア側に3PC規制開始後に無策でいられる猶予はないからである。
目先では強力に推進する動きは表立っては見られないが、長期的に見れば、いずれはそれなりに有効となり得る解決策が登場すると思われる。しかし、それで規制前の状況(つまり現状)に戻り万事OKかというと必ずしもそうではないというのが筆者の考えるところである。要するに、3PCのように「勝手に」いろんな情報を使ってのマーケティングや広告配信はできなくなるのであり、事態は不可逆であるということだ。という意味では、やや大袈裟な嫌いはあるが、パラダイムシフトが起きつつあると言えるだろう。
次回以降、パラダイムシフトの結果、どのような状態が訪れるかの予測と、来るべき未来の分析、これからの対策について論じてみたい。
(次回に続く)