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【音楽】追悼 坂本龍一(- 2023.3.28)

2023年3月28日
坂本龍一さんが亡くなられた。

Twitterを開くと、亡くなられた数日後に坂本龍一さんのアカウントから行われた逝去を知らせるツイートが流れ、追悼で溢れるタイムラインとなっていて、一瞬で全てを悟った。

坂本龍一さんまでも逝ってしまった ー

著名人の他界のニュースにはいつも驚いてしまうが、坂本龍一さんの報せは本当になんというか喪失感を覚えてショッキングに感じた。

熱心なフォロワーというわけではない自分でもこんな気持ちになるのだから。世界は貴重な人材を失ったんだ、と世界に思いを馳せる。


このnoteを始めたきっかけが奇しくもというか、2023年2月12日に放送された『関ジャム完全燃SHOW』の「坂本龍一特集」を観賞したことだった。

そこでゲストの音楽家から届いた質問に文章で坂本龍一さんが答えていたのだが、その言葉選びや回答を見て、素敵な日本語だなあと感じた。

これまでも忘れてしまうのがもったいないと思うが子どもが産まれたり人生のフェーズも変わり、日々の生活に追われ、その感想は忘却の彼方へ…というのが続いてやるせない気持ちを抱いていた。

そこでインプットしたことや感じたことを留めておきたいと思ったのが、noteをはじめるきっかけ。

その放送回のことは下書きにあり続けていて、ここで公開してみる。


2023年1月にはYMOの盟友、高橋幸宏さんの訃報が届いたばかりだった。

NHKで放送された高橋幸宏さんの追悼番組などを観た後に関ジャムで坂本龍一特集が組まれるというタイミング。なんと"エモい"ことか、と感傷的になって放送を見つめていた。


#TV
関ジャム完全燃SHOW(坂本龍一特集)
2023/2/12

  • 清塚信也

  • 江崎文武(WONK, millenium parade)

  • ちゃんMARI(ゲスの極み乙女)

上記3名のゲストからの質問を坂本龍一さんが回答する。
音楽制作に関するものやアメリカ移住したことでの変化や影響など、ジョークも交えつつ素敵な日本語で。

宇多田ヒカルにも感じたことだが生活拠点を海外に移して日本を離れた人たちがそこで自身のアイデンティティを見つめ直し、結果、日本語という言語に美を感じているような気がした。

多様性や国際化が叫ばれる中だが、そんな中だからこそ自分自身の源流というのはきっと大事なのだろう。

特に印象に残った問答。内容は置いておき、リズム感というか、なんて良い文章か、と感じた。

(清塚信也)
近年、環境音や自然音などを作品に取り入れていますが、この世の中に「良くない音」と「良い音」という区別はありますか?

(坂本龍一)
あります。ものすごくあります。
人間が作った音というものはあまり良くない音が多いですね。商店街や街で決まった時間になるチャイムのような音、あれは最低です。
逆に自然が作った音にそういう良くない音はあまり無いです。

アフリカ(サバンナ)はとても静かだった。
自然の音の中で1番大きかった音は、カブトムシみたいな甲虫が自分めがけて飛んできた時の音。
その静かな空間に突然バリバリバリバリという音が入ってくる。
セスナだったり四駆のような車だったり、それは人間が作ったものの音でした。呆れました。
もっとデザインや技術などや人の叡智で自然の静けさを壊さない音のものを作ることができるはずですけど、エンジニアや設計者は自然の音との対比を考えていないと思う。それは悲しい気づきでしたね。

(清塚信也)日本のポップスのミュージシャンがもっとこうなって欲しいということはありますか?

(坂本龍一)世界マーケットというものを考えて活動してほしい。
日本のマーケットだけを考えているような感じがするんですが、それはダメだと思います。

音楽に関することももちろん問答があった。

他に、坂本龍一さんが制作する音楽にはどこかポップ性というのが常に内包されていると感じるが、それは意図的なものか?

というものがあり、
「意図的なものではないし、自分でもよく分からない」としたうえで、その答えのヒントは『YMO - Behind The Mask』という楽曲にあるかもしれないと回答していた。

マイケル・ジャクソンやエリック・クラプトンといった世界的ミュージシャンをはじめ多くのカバーが発表されている事実から、この楽曲に込められているものがその答えであって、愛されている何かがポップ性という概念なのではないか、という話。


闘病生活中に制作した楽曲で構成された最後の作品『12』。これも非常に良い作品だったので、本当に寂しい気持ちになる。

コメントの通り、手術後の闘病生活の中で「音」と「自分」と対話しながら残された作品であり、そんな状況の『素』の姿をどこか感じさせてくれる。

2021年3月初旬、
大きな手術をして長い入院の末、新しい仮住まいの家に「帰って」きた。
少し体が回復してきた3月末のこと、ふとシンセサイザーに手を触れてみた。
何を作ろうなどという意識はなく、ただ「音」を浴びたかった。
それによって体と心のダメージが少し癒される気がしたのだ。
それまでは音を出すどころか音楽を聴く体力もなかったが、
その日以降、折々に、何とはなしにシンセサイザーやピアノの鍵盤に触れ、
日記を書くように
スケッチを録音していった。
そこから気に入った12スケッチを選びアルバムとしてみた。
何も施さず、
あえて生のまま提示してみる。
今後も体力が尽きるまで、このような「日記」を続けていくだろう。
坂本龍一 『12』に寄せた本人のコメント

どうぞ安らかに

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