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今からヨルシカの全てが分かる。今までの楽曲ストーリーをまとめました

【2022追記】
2022年夏に、新たなアルバム「盗作」のストーリー解説記事を追加しました。記事はこちら



こんにちは。


基本的に、ヨルシカの楽曲はすべてにストーリー性があり、繋がっています。作詞作曲のナブナn-bunaさんからも素顔を出さない彼らからも、そしてストーリー性のある楽曲からも不思議な雰囲気が感じ取れますよね。

ここでは、

「ヨルシカってよくわかんないし今からだとファンになりにくいよね」

「コメント欄が意味わかんない考察ばっかりで怖い」

を解決したいと思っています!


登場人物

▷エイミー

ヨルシカの物語の主人公。音楽の才能がない。オスカーワイルドに倣った芸術至上主義。


同じく楽曲に出てくる「エルマ」という女性の名も、自身の「エイミー」も、彼がつけた名前です。エイミーという名は、詩人であるエイミー・ローウェルが由来だそう。

「それなら、君はエルマだ。」

今から君はエルマだよ。

(中略)

僕のことだって、好きに呼んだらいい。頭文字だけ被せて、エイミーなんてものいいね。昔、そういう詩人がいたんだよ。

(エルマの日記帳内 エイミーとの会話の回想より)


また、前述のとおりエイミーはオスカーワイルドに倣った芸術至上主義です。

作品の中にこそ神様は宿る。それが彼の口癖だった。

2ndフルアルバム「エルマ」の初回生産限定盤の特典であるエルマの日記帳に書かれていた言葉です。

しかしある時、エイミー自身が病気にかかってしまいます。そして彼は、一年間でスウェーデンへ旅をし、女性、エルマへの手紙と詩という作品を作ると決めます。

そうだ。僕は僕の人生で作品を作ろう。エルマ、君に残す何かを作ろう。

(ヨルシカが行った東名阪のライブツアーで入った”poetry”の一部より)

その旅でエイミーがエルマに向けて書き溜めた詩、それが1stフルアルバム「だから僕は音楽を辞めた」です。YouTubeなどでも「だから僕は音楽を辞めた」「パレード」などが公開されていますね。

芸術至上主義のエイミーは、自分の人生を作品として美しく終わらせるために花緑青という毒性の人口塗料を飲み、そして海に飛び込んで自殺します。

エイミーが自殺する際に見た一瞬の走馬灯、それを映像と歌、そして詩に乗せた作品がライブ「月光」です。


▷エルマ

エイミーがスウェーデンへの旅で書いた詩と手紙を受け取った女性。

エイミーとはカフェテラス、喫茶店で知り合ったそう。雨とカプチーノにも雨の滴るカフェテラスの描写があります。

青年(エイミー)にあこがれて音楽を始めました。

詩と手紙を受け取った後は、エイミーの「模倣」をするために詩、写真、手紙をてがかりに同じようにスウェーデンを旅します。楽曲「ノーチラス」のMVにもエイミーから届いた写真と自分がたどり着いた同じ風景とを重ね合わせている描写があります。

その「エルマがエイミーを模倣する旅」を書いたのが、2ndフルアルバムの「エルマ」。

「だから僕は音楽を辞めた」の「藍二乗」を模倣したものが「憂一乗」。

「八月、某、月明かり」に対しては「夕凪、某、花惑い」。

だぼやめの「六月は雨上がりの街を書く」にこたえる形になっているものが「雨晴るる」。

君の心に穴を開けたい、とうたう「夜紛い」に対しては「心に穴が開いた」

「踊ろうぜ」に対しては「神様のダンス」。

「パレード」でエイミーがなぞなぞのように作った歌詞に対しては「声」で答えています。

アルバム「エルマ」の中には、ところどころにだぼやめと同じ歌詞だったりリフだったりが使われていてとても面白いです。


しかし、どこまでもエイミーを神様に近い形で崇めていたエルマは、エイミーの死すら真似しようとしてしまいます。


さて、今まで主な二人の登場人物、エイミーとエルマについて説明してきました。これからは、残り二つのミニアルバム「負け犬にアンコールはいらない」「夏草が邪魔をする」について解説していきます。

これらの二つのミニアルバムは二つのフルアルバムよりも前に出ていたものです。例えば、「言って。」と「雲と幽霊」のそれぞれが、亡くなってしまった男の子と残された女の子の曲として対になっているアンサーソングだということも考えると、エイミーとエルマの物語とは関連性がなさそうですが、実はよく見てみるとさまざまなところでつながりがあるのが見て取れます。

エルマがエイミーを追って旅したスウェーデン。そこの海辺で、エルマはエイミーのものと思しき手帳を見つけます。そこには詩が数編挟まっていました。その内容は、

雨上がりの晴れを書いた詩。冬に眠り、夏を待つ詩。自らを負け犬と標榜する詩。

だと書かれています。これが恐らく、2ndミニアルバムの「負け犬にアンコールはいらない」でしょう。

「雨上がりの晴れを書いた詩」が有名な「ただ君に晴れ」

「冬に眠り、夏を待つ詩」が「冬眠」

「自らを負け犬と標榜する詩」が「負け犬にアンコールはいらない」

だと思われます。

エイミーが書いたものだと思うと、冬眠の

神様なんていないから 夢は叶うなんて嘘だから 仕事も学校も全部やめにしよう

などにも彼の信念が表れているのを見ることができます。

「神様なんていないから」はエイミーの「神様は人間には宿らない。作品にこそ宿る」という信念を、

「仕事も学校も全部やめにしよう」からは「生きるためにするバイトも、正直嫌になっていた」八月、某、月明かりの中の「初めてバイトを逃げ出した」などという少しばかりの共通点を見出すことができます。


では、1stミニアルバム「夏草が邪魔をする」とはどのようなつながりがあるのでしょう。

「エルマ」の中に入りながらエイミーが作詞した曲「ノーチラス」の中に、「夏草が邪魔をする」というワードがそのまま出てきています。なので恐らく、夏草が邪魔をするもエイミーが作った曲なのでしょう。

ちなみに、ノーチラスは、エルマがスウェーデンの海辺の桟橋に訪れた際にエイミーのギターケースの中に入っているのを見つけました。日記帳でも、ノーチラスのMVでもそのことが確認できます。



今回のアルバム「エルマ」で、エイミーとエルマのストーリーは終わりました。しかし、次のアルバムにも素敵な物語が大いに期待できます。次夏が楽しみですね...!!

今回はヨルシカの楽曲ストーリーをまとめてみました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



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