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2月分の給料が手取りで6万円台でした。

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 タイトルは『2月分の給料が手取りで6万円台でした。』『非正規雇用は犬と同じ。』『障害者雇用の現実』
 のいずれかにしようかと思います。もちろん、書き終わった後で変わることはあるかもしれませんが。

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 2月分の給料の手取りが6万円台でした。覚悟はしていましたが、7万円台かなと思っていました。机の引き出しに入っているのを見て、軽くショックを受けました。

 私は障害年金があるからいいけど、他の非正規雇用の方々はどうやって生きているんだろうと不思議に思います。

 私の今日のやったこと。
 書類を仕分けする。
 梱包に入っていた、紙のクッション材を分解し、ひたすらシュレッダーにかけていく。
 これだけで、与えられた労働時間は終わりました。
 折れ曲がった紙を、細いシュレッダーの入り口に入れていくことに格闘しながら『私は何をやっているのだろう……』と思ってしまいました。燃やせば終わりなのに。家庭なら燃えるゴミに出せば終わりなのに。しかし、そういう面倒な制約というか、よく分からない決まりごとがあるからこそ、障害者の私にも仕事内容があると言えるのですが。

 本音を言います。こういうことを2年間くらい繰り返しています。ハッキリ言ってなんの成果も出していないし、成果を出すことが求められている仕事でもないことは分かっています。

 それでいて、手取り6万円台。そういうもんだと言えばそれで終わりですが。実家で暮らさざるを得ない障害者雇用の現実です。

 富の再分配とか、新しい資本主義とか、どこいったのですか。すべての国民が暮らしていけるような仕組みになっていないのはおかしいでしょうが。私がおかしいのでしょうか。障害者雇用の非正規をやっていて、資本主義が嫌いになりました。市場主義も嫌いになりました。需要と供給とかも嫌いになりました。一人では生きていけないような賃金しか払えないような国はどうかしてるのではないのでしょうか。私がおかしいのでしょうか。資本主義に負けている《《私がおかしいのでしょうか。》》

 「シュレッダーをしていて腕が疲れました。チョコバーとか食べていいですか?」と正職員の方に聞いたら「休みなさい」と言われました。「休んでいいですよ」でもなく「休みなさい」と命令形でした。正職員の方も余裕が無かったのかもしれませんが、『私は犬か』と内心思いました。

 ただ、ここの職場のおかげで健康保険も厚生年金もわずかですが折半されているのですね。仕事内容もきつくないし、はたまた時間も短い。それに甘えてしまっているのも事実です。一人で生きていくほどの給料はもらえていませんが、面接で通らな過ぎた私の努力不足でもあります。来年もここで働きたいです。

 今日、来年度の採用日のスケジュールの希望を聞かれました。今まで通りでいいと答えましたが、その時に「《《仮に》》来年も採用されたら、そのスケジュールでいきます」と言われました。頼むから何も起きないでくれ、不採用とかならないでくれ、と天に祈りながら今日を終えました。
 

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