「人生の夏休み」(超短編小説)

「夏休みを所望します」
「お、ついに井上もとるのか。どれくらいの予定?」
「一週間の予定です。二十五世紀に、三日ほど。あとはこちらでゆっくり過ごすつもりです」
「そんだけでいいの?GWと変わんないじゃん。一ヶ月にしときなよ、飽きたら仕事出てきていいからさ」
「では一ヶ月申請させてもらおうかな…途中で出てきてしまうと思うけど」
「なかなかそれが、名残惜しくなるのよ」

“人生の夏休み制度”ができて日本は変わった。思いきりがよくなり、「とりあえずやってみよう」と前のめりな国になった。いろんなことの連鎖があるんだろうけど、詳しくはわからない。ワタシも少しだがお金を貯め、この春、人生の夏休みをとった。ずっとずっと、二十五世紀に行こうと思っていた。

「ハーン、生理痛、PMS、ひどいね。ホルモンの増減コントロールがイカれちゃってる。よく吐くの?つらかったね。ンー、子どもを産みたい気持ちは?」
「ありません。銀行の利子ほどもありません」
「正常な判断もできてるね。ハーン、オペしちゃおっか」
二十五世紀の医師が霧吹きのようなものをワタシに向けてシュッとすると、ココナツみたいな甘い香りがした。なんじゃこりゃ?と思って瞬きしたらいつの間にかベッドに寝かされていた。
「無事終わったよ。経過も良好。見る?」
ベッドサイドには、赤黒い…くったりしたものが載った皿がある。「キレイな子宮と卵巣だね。二、三日は出血するけど問題ないよ。三日目にオナラがでたら完治です。イエー」
初潮がきてから二十年以上苦しんでいたことがあっけなく解決した。何かあったはずのお腹も、左右に絆創膏が貼ってあるだけだ。二日間病院を歩き回って過ごし、三日目にオナラがでたので生まれた時代へ帰った。

夏休みデビューは近所のサウナ付き銭湯にした。敬遠していたが、今やワタシは無敵の身。満を持して番台さんに560円を差し出した。「ごゆっくり」
バシャバシャ体を洗った。お湯の勢いがよく、シャワーが気持ちいい。ザバーンとかけ湯をして大きな浴槽に片足を入れたらすごく熱くて、入れたのと同じ速さで足を出した。とても浸かれない。いい湯じゃない。気を取り直してオレンジのバスタオルを持ち入り、サウナへ向かった。

「それをいっちゃあ〜オシマイよ〜」
昔流行ったらしい歌謡曲が流れている。言葉遣いがなんだかカワイイなぁと思っていたら首回りを水滴が流れていく。髪についていた水だろうか。まだ一曲と聴き終えてないのに、流れるほど汗が出るものだろうか。とりあえず壁にくっついてる砂時計をひっくり返し、砂が落ちきるまで見守ってホカホカでサウナを出た。シャワーの温度が調節できないタイプで水風呂につま先を入れてみたが冷たすぎる。ワタシは無敵になったが、生きるのがヘタなことは変わらないんだなと改めて認識した。当たり前だった。

ホカホカで部屋に戻ったら散らかっていた。当たり前だった。
二十五世紀へ行く前に買ったピーマンが冷蔵庫にあった。当たり前だった。
洗濯物は部屋干ししていて洗濯機は空だった。当たり前だった。
ワタシも環境も変わっていない。夏休みをとっただけだ。
明日はサイフとスマホと腕時計を持って動物園に行こう。雨だったら寝よう。

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