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地域分析の基礎 第9回 特化係数で地域の「強み」と「弱み」を測る

 今回も就業を始めとする産業の構造についての話をします。産業構造は地域経済の特徴を把握するのに有益ですが、その特徴を1つの数値で即座に把握する方法があります。それは「特化係数」と呼ばれるものです。
 計算式は以下のとおり、とても簡単です。

 当該地域におけるある産業の構成割合/その産業の全国での構成割合

 簡単なモデルで実際に計算してみます。下のデータ例は、第一次産業から第三次産業の就業者数と構成割合を、A市と全国で比較したものです。A市の状況は、地方圏の構成比によく見られる数字だと思います。これで、A市の産業ごとの特化係数を計算できます。

 A市 第一次産業 6% 第二次産業25% 第三次産業69%

 全国 第一次産業 4% 第二次産業20% 第三次産業76%

 第一次産業の構成割合は、A市が6%であるのに対して、全国は4%です。たった2%の違いに過ぎませんが、A市の方が全国を少し上回っています。A市の第一次産業の特化係数は、6%/4%=1.5となります。
 同じように、第二次産業の特化係数は25%/20%=1.25です。第三次産業は69%/76%=0.91となります。
 このようにそれぞれの産業の特化係数が計算できます。農業や漁業、製造業、金融・保険業など細かい構成割合が分かれば、特化係数も細かく表すことが可能です。特化係数は、1を上回っているかどうかで全国平均よりも構成割合が高いかどうかを瞬時に判断でき、その大きさが全国平均との違いをそのまま表していることがポイントです。構成割合の数字だけでは捉えることのできない産業ごとの特徴を、分かりやすく伝えてくれる便利な数値が特化係数なのです。

 地方創生では、地域ごとに「強み」を伸ばす戦略が有効とされています。これまでのように東京と同じ、周辺地域と同じものを求めるのではなく、個性を強め差別化を図ることが求められているのです。ここでは、そうした戦略が有効かどうかを議論することはできませんが、特化係数は全国平均との違いを直接的に表すので、まさに差別化しうる要素が何かを瞬時に判別できる数値として重視されています。
 地域経済分析システム(RESAS=地方創生を進めるために提供されているデータ・分析ツール)でも、特化係数を表示できる機能があります。しかも3種類もの特化係数が分かるのです。それは、①従業者数②付加価値額③労働生産性です。前回紹介した就業状況から分かる特化係数は①に該当し、労働力が集積しているかどうかを把握することができます。さらに、②は産業ごとの稼ぐ力を、③は生産効率を表しています。特化係数は構成割合を比較するだけなので、いろいろな数値を使って算出することが可能です。しかもRESASの特徴は手軽ですから、幅広く数値を活用することを勧めます。

 ただし、特化係数だけで判断するのは禁物です。これについて、2つ注意点を述べます。
第1に 、「特化係数が高い=重要」とは限らないことです。確かに特化係数が1を上回っていれば全国平均の構成割合を超えているので、地域にとっての重要性も高くなります。しかし、特化係数では構成割合そのものまで考慮されていません。先ほど計算したA市の第一次産業の特化係数は、6%/4%=1.5となり、他の産業よりも確かに高くなります。しかし構成割合は6%に過ぎないのです。それよりも第三次産業の方が特化係数こそ0.91と低いものの、構成割合では69%と第一次産業の10倍以上になっています。それを考慮すると、A市にとっての重要性は第三次産業の方が高いのではないでしょうか。
 特化係数の計算では構成割合を構成割合で割るため、構成割合そのものが消えてしまうのです。例えば、ある地域で製造業の特化係数が高いとしましょう。6%/4%でも、60%/40%でも、同じ1.5となります。しかし、構成割合が高いのは圧倒的に後者なので、重要性も明らかに違います。特化係数だけで重要性を判断することはできないので、注意してください。

 次に注意したいのは「特化係数が高い=強み」とは限らないということです。確かに特化係数が高ければ全国の構成割合よりも高いので特徴的であることは間違いありません。しかし、それぞれの産業には栄枯盛衰があります。例えば、鉄鋼はかつて「鉄は国家なり」と言われ、国の成長を牽引する産業でした。半世紀以上前にあった日本の高度経済成長も、鉄鋼業の発展なくして語れないでしょう(私の父も鉄鋼業に身を置いていました)。しかし、今は中国などアジア各国に拠点が移り、国内に残る製鉄所もわずかです。個人的には寂しい気持ちもありますが、産業の宿命だと思います。一方で、新たな発展が期待される産業もあります。具体的には、AIやバイオ、介護などの領域があるでしょう。このように、産業ごとに栄枯盛衰があるとすれば、特化係数の高い産業が衰退する傾向にある場合は「強み」とはなりません。むしろ、地域経済の縮小をもたらす「弱み」となるでしょう。新たな産業の軸を構築するか、既存の産業を可能な限り強化するなどの対策が必要になるでしょう。逆に、特化係数の高い産業が今後発展すると期待される場合は、「強み」と捉えられます。その産業の発展を支援する仕組み(支援しなくても発展するのだが…)が有効になります。それぞれの産業ごとに違いがあることに注意してください。
 このように、特化係数は地域の産業構造の特徴を端的に表す、とても便利な数値です。ぜひ活用していただきたいと思います。ただし、特化係数だけでなく構成割合にも目を向けること、産業の栄枯盛衰によっては「強み」とならない場合もあることに気をつけてください。

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