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地域分析の基礎 第1回 地域分析を行う前に-3つの心得

 ここでは、地域分析を行う際の最初の段階、つまり「準備の準備」の部分について、3つの心得を持つことの必要性について述べたいと思います。

心得①「地域のことをよく知っている」と思わないこと
 1つ目は、「地域のことは地域に住んでいる人が一番よく知っているという」という思い(思い込み)、考えを捨てることです。私は、これまでいくつかの地域に暮らしてきました。その経験は大変貴重で、どれも思い出深いものです。そして、これらの地域のことは住んだことのない他の地域よりも心の中に残っているということは間違いありません。おそらく皆さんも同じだと思います。
 しかし、地域に暮らしている(暮らした)からといっても、知らないことも当然あるのです。そして、その中には暮らしていなくても知りえるものもあるでしょう。特にデータを使って分析をすると暮らしのなかで肌感覚で得たものとはまったく違う地域の姿が見えてくる場合があります。住んでいる人にとっては「そんなはずはない」「聞いたことがない」と思うでしょうから、むしろ暮らしたことのない人の方がそうした姿を見つけやすい、とさえ言えるかもしれません。
 ハンス・ロスリング他著「ファクトフルネス」(日経BP社)という本が今なおベストセラーとして売れています。その冒頭で、著者は次のような表現を使っています。「人々の世界にまつわる圧倒的な知識不足」「世間は世界のことを知らなすぎる」。何をもってそのよえなことを述べているのかは書籍を読んでいただきたいのですが、これは世界に限らず、足元の地域にも当てはまると思います。
 もちろん、地域分析を行う際に、その地域で暮らした経験は大きな強みになります。しかし、逆に暮らした経験があるからこそ見えない事実もあるのです。したがって、暮らした経験があるだけで地域を知ったつもりにならないという気持ちを持って、地域分析を行っていただきたいと思います。

心得②目的をはっきりさせよう
 次に、分析の目的をはっきりさせるということです。地域分析にはいくつかのパターンがあります。しかし、そのパターンに即して分析すればよいかと言えば、そうではありません。重要なのは、何を目的に分析するのか、ということです。
 例えば、地方圏では人口減少が進んでいますから、人口を分析することは多くあると思います。目的は、人口減少を少しでも食い止めたいということになるでしょう。しかし、それでは目的が曖昧です。おそらく人口が減っているという分析結果が出ても「その通りだ」で終わってしまいますね。そこで分析が止まってしまうんです。
 もっと目的を明確にする必要があります。次のように考えると良いでしょう。それは「分析して分かったことを使うと、目的を果たすことができるのかどうか」ということです。人口減少を抑制するという目的を果たすためには、「なぜ人口が減ったのか」を明らかにしなければなりません。そう考えれば、分析をさらに進めて原因を明らかにすることができるようになります。
 日本を代表する企業であるトヨタ自動車は、「なぜ」を5回繰り返すことを重視しているそうです。1回で良いのではないかと思われるかもしれませんが、1回だけでは真の原因までたどりつかず、表面的な原因を挙げて満足してしまいがちです。しかし、真の原因を明らかにしなければ、対処も適切にはできません。だから、5回繰り返すことの意味はとても大きいのです。
地域分析でも同じだと思います、目的を果たすことができるのかどうかを問うことによって、原因を深く追求していくことが必要だと思います。

心得③仮説を立てよう
 そこで、3つ目の注意点として仮説の重要性を挙げておきたいと思います。
 地域分析に使えるデータの種類や分析の手法はたくさんありますから、それらを組み合わせた分析のパターンは無限にあると言っても過言ではありません。人間の力ではすべての分析を行うことは不可能です。それでも、できるだけ多くの分析を行った方が良いのでしょうか。決してそのようなことはありません、むしろ逆です。仮にすべて分析できても無数の結果を整理できない事態に陥り、かえって何も見えなくなってしまうのがオチでしょう。
 そして、目的を果たすために必要な真の原因を探るためには、分析も段階的に深めていく必要があります。そこで、目的に最短経路で到達するためには、すべて分析するのではなく、必要な分析をあらかじめ絞り込んでおく必要があります。その方法として、仮説を立てることが必要になるのです。

 例えば地域の人口が減少している場合、このような仮説を立てることができます。
・地元の高校生が大学に進学する時、大量に大都市圏に流出しているのではないか?
・地元から大都市に進学した大学生が、Uターン就職の際にあまり戻ってきていないのではないか?
・子育て世帯が隣の市に引っ越しているのは保育園が少ないからではないか?

 おそらく他にもいろいろあると思いますが、このような仮説をいくつか立ててみて、そのなかから最も正しいと思うことを絞り、それが本当に正しいかどうかをデータによって検証するという作業が地域の分析の軸となるのです。
 こうした仮説を立てる方法は、地域分析の書籍にはあまり紹介されていないと思います。これまでの地域政策に関わってきた経験やメディアなどから得る情報、あるいは動物的カンなども頼りになると思います。逆転の発想で常識とは異なる原因が潜んでいるのではないか、といったことを疑ってみるのも面白いでしょう。仮説を立てる力は一朝一夕に身につくものではないかもしれませんが、なかにはすぐにできることもありますし、また他の仲間からさまざまなアイデアを得ることもできます。決して悲観することなく地道に仮説を立てて地域分析を行っていただきたいと思います。

 以上、地域分析をする前の段階で心得ておきたいことを3つ紹介しました。これらは「準備の準備」ですから、地域分析そのものではないかもしれません。私は、地域分析の質は準備でかなりの部分が決まると思っています。「まだ分析してもいないのだから」と軽く考えるのではなく、「準備ができれば地域分析の半分は終わったようなもの」と考えて、入念な準備を怠らないようにしてください。そして、本マガジンでもさらに準備の紹介をしていきたいと思います。

 最後にもう一言だけ。地域分析をして仮説どおりの結果が出てくることもありますが、異なる場合もあると思います。例えば、人口が減っていると思っていたら実は増えていた、ということもあるかもしれません。しかし、仮説が正しかったとしても間違っていたとしても、つまり結果がどのようなものであったとしても、そこに地域分析の醍醐味、楽しさがあると言えるのではないでしょうか。
 仮説どおりの結果が出てくれば、「自分の予想が正しかった」と自信が生まれると思います。これは嬉しいことですし、次の分析も弾みがつくでしょう。では、仮説とは異なる結果が出てきた時はどうでしょうか? 「自分は何も知らない」と嘆くのではなく、むしろ「誰も知らない発見ができた!」ことを喜んでください。それは科学者が新しい物質を発見した時のような喜びに近いと思います。科学者にしか味わえないような感覚を、私達も体験することができるのです。
 ですから、とにかく地域分析を楽しんでほしい!、ということを最後に述べて、今回の文章を閉じたいと思います。


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