あらゆるものから解放されたら、音楽はこうなるみたいだ【映画「アメリカン・ユートピア」】
躍動、圧巻、怒涛、グルービー、クール、ファンタスティック!!!
あー、この、言葉にならない興奮をどうにか伝えたい!「とにかく観てっ!」と私に激烈プッシュしてきた人の気持ちが今ならわかるし、同じように伝えたい。
1980年代に「トーキング・ヘッズ」のフロントとしてデビューしたデイビット・バーンによるショーを、鬼才スパイク・リーが映像化。最高のメンバーとともに誰も観たことのないパフォーマンスを繰り広げ、観客を熱狂の渦へと誘う!!
というのが映画の概要なのですが、とにかくそんなお題目や背景なんてどうでもよくなるくらい、中身が素晴らしいです。
デイビッド・バーンって何者!?
冒頭、舞台上に一人の男性が現れます。なんか表情の乏しいこのおじさんが、いったい何を見せてくれるのかと思ったら。
顔色一つ変えずに、語るように歌う!体全体でソウルフルに歌い上げるというよりは、「僕の歌は伝わってますか?」と問いかけるかのように冷静に歌う。ダンスも決して派手ではないのだけど、とにかく目を奪われて。
今日まで知らなかったので完全に第一印象で言うと、歌ったり踊ったりするアーティストというよりは、大学教授かお医者さんのような静かそうな風貌だったので、かなりギャップを感じたかも。しかしその実、歌声はのびやか。包容力のある声というか、大人の男の余裕というか。
笑顔全開で楽しそうに歌う人も素敵だけど、余計なことを考えずに自分らしく表現している人の声も、ぐっとくるものなのだなぁ。
ミニマムにして最高な演奏
公演には、デイビッド・バーンのほか11人のミュージシャンが登場します。それぞれギターやベース、パーカッションなどの楽器を担当しているのですが、いわゆるバンドのスタイルではなく、楽器を演奏しながら舞台上を縦横無尽に動き回ります。ギターやベースはワイヤレス(仕組みは謎)。キーボードも肩から吊るして、真上からのアングルで見るとまるでマーチングバンドのようです。
これ、「舞台上から、最も大事なもの以外排除したらどうなるか」という発想だそうで、ケーブルはもちろんマイクもモニターもありません。本当に楽器と人だけでパフォーマンスしているのです。
いろんな意味で超難度の技だと思いますが、出演するミュージシャンは簡単そうにやってのけます。そして、演奏が全員素晴らしいんですね!!リードボーカルはデイビッド・バーンだけど、決して伴奏やサポートといった雰囲気ではなく、一人一人が圧倒的な存在感を放ってる。しかも歌もうまいし(全員参加のアカペラもあって、完全にコーラスグループのクオリティだった)。もう、このメンバーが揃っただけでも奇跡なんじゃないかと思うくらい。
あぁ、もっと爆音で聴きたい。音の海で溺れたい。「ちょっと音大きくして!」と台所のオカンみたいなことを言いたくなりました。
心に響く切実なメッセージ
「アメリカン・ユートピア」で演奏される曲の中には、政治や社会問題について問いかけるメッセージも含まれています。印象的だったのは、アメリカ社会に依然横たわる人種差別をテーマにした1曲。ジャネール・モネイのプロテスト・ソング「Hell You Talmbout」では、迫害の犠牲になった黒人の名前を連呼。2020年のいわゆるブラック・ライヴズ・マターよりもはるか昔から、理不尽な差別によって命を落とした人がたくさんいるという真実を、切実な歌声で訴えます。
このほか、移民問題やファシズムといった政治的なテーマに切り込み、暗に当時のトランプ政権を揶揄するシーンもありました。そしてデイビッド・バーンは「投票に行こう。有権者登録をしよう」と訴えかけます。パフォーマンスが素晴らしいからこそ、メッセージも直球で伝わってくる。ちょっと大げさだけど「音楽が世界を変える」ってこういうことかも、と思いました。
打楽器奏者的には
わたしは打楽器を演奏した経験があるので、どうしてもパーカッションに目がいってしまうのですが、登場する楽器はとても興味深いものでした。
基本のビートはドラムセットではなく、バスドラム、スネアドラム、シンバル、タムをバラバラに刻みます。それだけでもとても心躍る演出なのですが、曲によってはワールドワイドな打楽器も登場します。
こんなのとか、
こんなのとか、
こんなのとか。
特に最後の「ビリンバウ」は、なかなか見かけないですよね。一見、楽器かどうかもわからない……
このバンドには世界各国からメンバーが参加していて、先述の通り人種問題にも触れています。もしかしたらそんなバックグラウンドもあって、多種多様な楽器を採用しているのかもしれません。
計算された舞台演出
舞台は観客側以外の三辺をボールチェーンのようなカーテンで囲まれ、キャストは全員グレーのスーツに素足で登場します。ミニマムな舞台装置と衣装デザインはコバケンイズムに近い……と思っていたら、それもきちんと理由があるようで。
衣装の色をグレーにしたのは、「照明が点灯していればはっきり見え、暗転すると見えなくなるから」だそう。確かにねー!真っ暗になったところあったしねー!そしてその照明がメンバーを的確に追えるよう、衣装に赤外線センサーが仕込まれているのだとか…
こういうのは上演中は気づかなくていいギミックなのですが、後で知ると納得しかなくて、より一層感動しちゃいます。
ライブ上演できたことの意味
この作品が上演されたのは、2019年10月から2020年2月まで。あと2ヶ月遅かったら、もしかすると無観客上演とかになったかもしれません。
本当に、ライブ上演できてよかったね!!!!!と思います。なぜなら、見ている観客も途中から総立ちで、とてつもない熱狂がスクリーンから伝わってくるのです。最後の最後はキャストが客席を行進してもう最高。泣きました。
観ていて、「なんでわたしはこの場所にいないのだ……!」と思ったほど。あー、生で聴きたい。何なら参加したい。w
臨場感あふれるカメラワークも演出も素晴らしかったけど、やっぱりライブには叶わないのでしょうね。ハドソン劇場でご覧になった皆さんを心からうらやましく思います。
誰も「やっちゃダメ」って言ってないのに、誰もやってないこと」
これまでも、心揺さぶられる音楽、震えるほどのパフォーマンスは目にしてきました。どれも素晴らしく感動的で、今でも鮮明に思い出せます。
たぶん、わたしは「唯一無二のもの」にとても魅力を感じるのかもしれない。「アメリカン・ユートピア」も、上演スタイル、音楽、すべてが斬新で、「そうきたかー!」という驚きに満ちています。
マーチングバンドじゃないからって、歩きながら演奏しちゃいけないなんて誰も言ってない。舞台は横長に使うものなんて決まりもない。誰も「やっちゃダメ」なんて言ってないのに、誰もやっていないことって、無限にあるんです。だから、既存のイメージに縛られないこの作品が、とても「自由」であると感じました。
今のところわたしには、想いのままに感想を綴ることくらいしかできないけれど、ぐぐぐっと心をつかまれて、いい気分になって、明日もがんばろ!というパワーをもらっていることは確か。いやー、この感覚久しぶりに味わったわ。
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