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第13話 アナウンサー・トモコ編「トモコの夢は夜ひらく」

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その女・山止トモコ

「あーん、ったく夜だってのにいつまでも暑いわネー。ワタクシ夏は嫌いなんですヨー」

ふーっと紫煙を吐き出しながら巨体の女マネージャーは言った。

政治家や有名映画監督が愛したという赤坂の料亭。その肘掛けにもたれかかる様は、夏場のトドのようである。

だがそのトレードマークの金縁眼鏡は、数えきれないほど多くのナレーター人生の”酸いも甘いも”見届けてきた。

彼女は極細木(ごくぼそき)スガ子。声業界の「女帝」と呼ばれる伝説の女マネージャー。

「うーん。ともかく話はわかったワ。うちの事務所に入ってナレーターになりたいと、あなたはそう言ってるのネ」

対するパステルのスーツを着た女性は、美人だがツンとした所はなく笑顔が可愛らしい、しかも気遣いにソツがない、いわゆる才女だ。

「いま所属しているアナウンサー事務所をやめて…”次のステップにいきたい”んです。そのために極細木先生のお力を借りられないかと…」

彼女はアナウンサー山止トモコ(やまどめ・ともこ)。

今は地上波ではないが、小さな番組で顔出しのアシスタントなどをしている。

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キャリアとともに仕事が先細りはじめた

数日前。

トモコは懇意にしてくれているスタッフに相談をしたのだった。

「地方の局の契約が切れてからも、東京のアナウンサー事務所に入ることができた。 キー局のアイドルアナほどではないが、可愛がられながら、なんとか10年生き延びてきた。だがキャリアとともに仕事が先細りはじめた。年齢を重ねていくとイベント司会なども含めて、顔出しの仕事は難しいと思う。事務所に在籍はしているが、未来は不安だ。ナレーターへの転進を考えている」

そしてスタッフが今夜セッティングしてくれたのが、有名ナレーター事務所のマネージャーである極細木との会合であった。

自社では売れっ子ナレーターを抱え、新人をキャスティングしていく異色のプロジェクト『イノッチ課長』で業界に旋風を巻き起こした女帝。

この時トモコはまだ、夜がこんなに長く濃いものだなんて、夢にも思っていなかった。

…え?多忙でシビアな極細木がよく私的な会合を許したなって?実はトモコにあとで訊けば、極細木にはスタッフから「最新顔やせローラー」を進呈されていたのだという。スタッフ、グッジョブ!

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アナウンサー・トモコのあゆみ

トモコは女帝にビールを注ぐ。

「私は…自分で言うのもなんですが、恵まれた環境に育ってきたと思っています。地方局ではあるけどアナウンサーになれたし、地元では視聴者から声をかけられるくらい知名度もありました。上京後はすんなりとアナウンサー事務所に入ることができたし。地上波ではないけれど、なんとかかんとか仕事は途切れたことがないです」

「なるほどネー。トモちゃんは可愛らしいからね。でもねーよく言えばエリート。悪く言えば世間知らず、といったところね。ぐびぐび」

「いままで知り合いづてに、小さいながらも指名でお仕事をいただいていて、オーディションも受けたことなかったんです。業界に長く居るわりに何にも知らなくて…」

「あら、つきだしがマツタケってびっくり!料亭ってすばらしいわネー」

読者諸兄に解説しよう。アナウンサーへの道のりを。

アナウンサー試験は1000倍もの狭き門のキー局から始まり、在阪そして在名の”準キー局”。そして最後に日本各地に飛び”地方局”を受ける。

そんな苦労の末にアナウンサーになるのだが、近年の地方局では1-2年単位での「契約アナウンサー」として扱われることがほとんどなのだ。

”正社員”はほんの一握り。

契約が切れれば別の地方局の試験を受けてまわる。しかし年齢を重ねるごと契約アナウンサーとしても難しくなる。多くは寿退社かフリーアナとなる。

もしくはどこかの事務所に所属して仕事を続けることになる。

トモコは事務所に所属した一人だ。

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だが問題はここからだ、とトモコは嘆く。

現在のアナウンサー事務所のほとんどは「司会やリポーター、アシスタント、イベントMC」の仕事が中心で、いつしか本来のアナウンサーの仕事であるはずの、【メディアでの喋り手】としての仕事をしている先輩がほとんどいなくなっている、というのだ。

もちろん「リポーターや司会イベントMC」はそれぞれきちんとした立派な仕事である。楽しくも感じていた。

だが【メディアでの喋り手】を目標としてきた彼女には、それらの仕事に戸惑いも感じ始めていた。

「はじめて勤めた地方局ではずいぶんと厳しく教わってきたんです。鬼のアナウンス部長から無声化、滑舌、鼻濁音、読みの基礎を叩き込まれました。毎日が涙の日々でした。でもキャリアとともに最近は現場で何も言われなくなって。いま在籍してる事務所は居心地が良いというか、ぬるま湯で…いつまでもアシスタントでいていいのかな?って感じるんです。もっとステップアップしないと」

大人しいトモコが矢継ぎ早に話すと、つきだしのマツタケの薫りをくんくんしながら極細木は答えた。

「…ステップアップというのは?」

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アナウンサーの思い

「昔は局の仕事で小さなナレーションをすることがよくあって。先輩やスタッフたちからはボロクソでしたが…。司会やアシスタントの仕事をする中で思いだしたんです。ナレーションで”心を伝える”そんな仕事がしたくてこの仕事に入ったんだと。聴いている人に寄り添いたいというか…。決してアナウンサーの仕事が嫌なんじゃないです。誇りに思っています。だけど夢はもっと映像にきちんと向き合って、作品に寄り添えるナレーションを中心に活動していきたいって」

「心を伝える、ねぇ……れろれろ」

「ドキュメントがやりたいんです。大自然の動物にフォーカスしたり、人物に迫って生き様を伝えるものとか」

「ドキュメント、ねぇ……れろれろれろ」

極細木は話を聴いているのか聴いてないのか。口の中でマツタケを転がして香りを楽しんでいる!

トモコは怒りを飲み込みながら言った。

「その…バラエティなどはあまり得意ではない、というかどうしても”どこか無理してる”感が出てしまうといいますか、自分の読みが良いとはけっして思ってないんですよ。でもバラエティの原稿や映像は、自分とは違うっていうか。”ちゃんと”したものをしっかり読みたいんです」

「あっそうーれろれろ(ごく)あー…飲んじゃったワもったいない…」

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”キッパリ”言っていいのかしら?

トモコは再び思いのたけを吐き出す。

「実は…アナウンサー時代。番組司会などをしていると、笑いたくもないのに笑わなきゃいけなかったり、興味もないのにものすごく興味ある感じを出したり。そういったことに疲れきってしまったというのもあるんです。これまでも局で経験してきたから”バラエティ”もそれなりにはできるんですよ、でもそんなんじゃなくって…だから」

「だからなーに?」

「極細木先生の事務所のナレーターたちのような、報道の特集やドキュメントへ進出してみたいんです。バラエティとかじゃなくて。先生の事務所ならそういう仕事がたくさんあるじゃないですか。うちの事務所は”アナウンサーとして”の司会やアシスタントの仕事しかないんです。だから先生の事務所に入れていただきたいんです」

バンッ!と極細木が手の平で机を打った。金縁眼鏡の奧から怪しい光が漂う。

「さっきから”夢の話”を聴かされて眠くてしょうがなかったけど。スタッフの顔をたてるつもりで聴いてたワ。でも、これ、キッパリ”言っちゃっていいのかしら?」

衝撃!

浜辺のトドのごとく薄ぼんやりしていた女帝の背後からオーラが舞い上がる。

料亭の一室に漂う「くつろぎ」の空気は一変し、空気が乾燥したように感じられる。手入れが行き届いた庭園から水の落ちる音だけが響く。

息詰まる沈黙のあと、ししおどしがコーーーーンっと鳴った。

それが、世にも有名な”キッパリ”の、進軍ラッパであったことをトモコが思い知るには、数分とかからなかった!

言っておこう。夢をみていたい読者諸兄は次号読むべからず。(続く)

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