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第11話 事務所の深い落し穴編「うわさ 【破】」

伝説の女マネージャー極細木(ごくぼそき)スガ子との再会を果たした私。

その頃私はベテラン声優系ナレーターの「魚ヶ原(さかながはら)チゲと仲良くなっていた。

下り坂とはいえプロの第一線にいるチゲは「心の師匠」。いわく「○○は気をつけたほうがいい」「営業は媚を売るようなもの」「プロなのになぜ学ぶの」と”私”にさまざまなことを教えてくれた。

チゲが「事務所が俺を売ってくれない。愛されていない」と泣くことで、私たちは会えばお互いの本音をぶつけあえる”戦友”となっていた…はずなのだが!

『ちょっと見ない間に迷宮に入ってるわネ。久々に”女帝モード”入れるわヨ』
極細木の哀しき稲妻が、二人の心の闇を切り裂いていく!

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『秘密を共有しよう』と

再び鍋がぐつぐつと煮えはじめた。

だが極細木の金縁眼鏡に、曇りはなかった。

「まずあなたがこの業界を、そして人生を真摯に歩みたいなら、事実を見つめなきゃダメ。チゲは今あなたを、同じ泥沼にひきこんでいるのヨ。哀しいことだけど新人の山ちゃんに対して無自覚に悪意が溢れ出てるんだと思う…ま、無自覚なだけ余計始末が悪いとも言えるんだけどネ」

「悪意ですってそんなバカな?雲の上の人であるチゲさんが、ボクなんか相手にする訳ないじゃないですか。いくら極細木先生でもあんまり人のことを悪く言うものじゃないですよ。チゲさんの”天然の愛されキャラ”はファンたちにも知れ渡っている有名なことで虫一匹殺せない、優しい人です」

ふと、チゲとすごした夜を思い浮かべる。

「キミだから言うんだよ」と憧れの人に認められた瞬間の私の嬉しさといったらなかった。

さらに「山ちゃんはわかってるよ」とまで言ってくれた。憧れのスターにそういわれると、いつしか自分も”何者かになれた”気がして、天に上らんばかりの気がしたものだ。

極細木への怒りがこみ上げて来る。

だが。

「まず言っておくワ。嫉妬やねたみの泥沼におちこんでいる人が、傍の人の足をつかんで道連れにしようとしている時には『秘密を共有しよう』と誘ってくるものヨ」

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「泥沼?まさか。あのチゲさんが?」

「仕事は以前よりかなり減って苦しいはず。そして彼は仕事の減りを事務所のせいだけにしている。ちなみに移籍先の事務所だけど、プロのマネージャーとして見ても『鬼瓦二毛作オフィス』はかなり頑張っているワ。そしてワタシは「二毛作」のマネージャーがあの手この手で、しかも土下座までして、彼を売り込もうとしているのを、見たことがあるのヨ」

「まさか!」

「ホントよ、でもチゲはそんな事情を知らない。仕事が降って湧くわけもないのにネ。事務所が懸命に営業して仕事を入れても『これは俺の名前でとれた仕事だ』と平気で勘違いをするプレイヤーは驚くほど多いわ。最初から売れてしまったプレイヤーの悲劇で、チヤホヤされて育った彼には、自分の過去のプライドにしがみつく他ないのよ!」

「確かに口癖のように『自分の名前で…』って言ってました」

「そして彼が『愛されていない』と泣くたびに、それを聞く若手たちは胸をえぐられる。そんなことが続けば若手はマネージャーから離れ、やがてマネージャーの心も彼らから離れるしかないのに」

「あ、あ…」

言葉にならなかった。

チゲさんの話を聞いたとき、チゲさんと同じように心を痛め、そんな目にあわせる事務所やマネージャーに対する怒りが、私の中にも沸き上がっていたのだが…。

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自分こそがピュアだと、すべての人が思ってるものヨ

極細木はぐっと杯を傾ける。そして大きく息を吐いて続けた。

「プレイヤーによくある疑心暗鬼にとらわれたのネ。新人には大きな仕事がきているのに自分にはない。でも『何をすればいいのかわからない』し、『何もしていない』からこそ他人に責任をおしつけてしまう。事実から目をそらせば、なんとでも言える。自分は愛されていない。だから、別の天国を探す。天国は地上にはないのに…。そうやっているうちに『疑惑の芽』が『負の共鳴』を始めるの」

「負の…共鳴?」

「そう。いかにも助けるような口調でぬるま湯につからせてくれる人と、嫉妬とねたみを打ち明け合ううちに、お互いの闇が共鳴がしあって増大していくの。養成所生からトッププロまで、誰にだってこの落とし穴があるワ」

「チゲさんはそんな人じゃないです。優しいひとなんです。それに僕だってそんな卑劣な人間じゃないと思ってます。プレーヤとして。チゲさんも僕もピュアなだけです」

「…自分こそがピュアだと、すべての人が思ってるものヨ。でもね、何もしないでただ待っていると不安から「嫉妬やねたみ」が生まれるの。そして挫折を味わったとき。そんな心の弱い部分に『疑惑の芽』は生えてくるのよ。誰しもに。雑草のように刈り取っても刈り取ってももね。そしてその芽を持つものたちが共鳴しあうの」

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それで得をするのは誰?

負の共鳴…営業やスクールでメゲていた私の心に「嫉妬やねたみ」はなかったか。

知人や同期生が次々と極細木の手で華をさかせている間に、私の心の奥底にどす黒い闇が生まれ始めていたではないか。

そこをチゲに嗅ぎ付けられたってことなのか…?

「それにチゲは無自覚に、山ちゃんに恐怖したのだと思う。だから言葉の上では優しく甘い言葉でも、事実をみれば、山ちゃんの足をひっぱろうとするワードがいくつかあるワ。気づいてなかったでしょう?」

「恐怖?ちょっと待ってください、ボクなんかのどこに恐怖するっていうんです?」

「ずばり『山ちゃんがチゲがやっていない事をやっている』からよ。サンプルも営業もそうだし、新しい表現を獲得しようとしてスクールに通ってるでしょう」

「それが、やがてチゲさんたちの身を脅かすと?まさか、そんなこと…」

「『実技は現場でしか学べない』かぁ。ある面ではそれは正しいし、かっこいいことね。でもねそれだと山ちゃんみたいな『現場経験が未熟な人』はベテランには永遠に追いつけないんじゃない?」

「そ、それは…僕はまだ力が及ばないから、あ、う、う」

「営業するな、スクールで学ぶな。そう若手に教え込んで、それで得をするのは誰?」
「それは、つまり……」

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若手にはオレより売れて欲しくない

得をするのは…そうか…ベテラン側のチゲさんなのではないか…それは声にならなかった。私は続けて杯をあおった。

「もちろん素晴らしいベテランたちがほとんどよ。でもね、中には甘い言葉で親身なアドバイスをしているようで、自分に有利になるような事ばかり言ってる人もいるのよ。それは無自覚な悪意。心のどす黒い闇の中で『若手にはオレより売れて欲しくない』と叫んでいるのよ。それが分からないの!」

心のどす黒い闇で響きあう「負の共鳴」。

頭でそんなことは考えたことはなかった。

だが心で、「私の腹の中では」実はどうだったのか……?!

背中にどっと冷や汗がでて、さっきまで体中を巡っていたアルコールが一気に蒸発していくような錯覚を覚えた。

自分の心は確実に、しかも気持ちよく「負に共鳴」していたからだった。

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