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第5話 事務所の深い落し穴編「だめんずの世界」

極細木は、新人の私が宝くじをあてるがごとき”夢見た事務所所属”を「落とし穴」と言い、厳しい現実をつきつけた。

極細木のマネージメントの根幹は『ナレーターの世界を、どう生き残るか』これに尽きる。

業界を生き残るには、もっと長い目で己を見つめなければならない。

見つめきった時、はじめて描ける”ビジョン”があるからだ。

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天国なんてどこにもないんだけどなぁ

私は涙を押さえきれずに言った。

「僕は『そこにさえいけば素晴らしい世界がある』と信じて、ただ事務所所属を目指してきたのに…」

「素晴らしい世界か…何かにぶらさがろうとする限り、天国なんてどこにもないんだけどなぁ…」

部屋に充満した煙草の煙をはらすために窓をガラリと開ける極細木。

私は、自分の甘さを見抜かれたような感覚と同時に、ひんやりとはしているが、新鮮な空気に触れて、少し身震いをした。

「それは…単純に分からなかったからです。芸能事務所がどんなものかも知らなくて。ただ漠然と『仕事がしたい』『仕事をとるには事務所に所属しないと無理』と思っていて。なんとなく…この道を歩いてればいつかきっとたどり着くんじゃないか、くらいにしか…」

「よくある勘違いよね、知らないままでいることは、自ら選択肢をせばめていることなのにね」

「事務所のホームページや宣材に写真が載っているだけで立派に見えたんです…」

「うん、でもまあ、山ちゃんは新人ってこともあるし、落とし穴にはまらないための、”だめんず”ポイントくらいは教えておこうかしら?」

「はい!」

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求められる読みやビジョンが違って当然ですね

「”だめんず”は…お見合いと一緒よね(笑)やっぱりおつきあいの前には相手の素性がわからないと困るじゃない?ホームページとか、出演履歴、所属タレントを、きちんと調べてみるリサーチ能力」

「リサーチ能力?」

「たとえば、山ちゃんはTVのナレーターになることが夢でしょう?だからナレーターを扱う事務所や養成所を探すことになると思うけど、ナレーターといっても”イベントナレーター”だったり、TVといっても”ケーブルTV”だったりする場合もあるわ。地上波TVの場合、数百万人の人を対象にしてるのよ。規模も、試聴動機も違うイベントやケーブルTVとはそれぞれ異なる読みのノウハウとビジョンが必要なのよ」

「たしかに…ついボクたち新人は『同じ声の仕事だから』と考えがちです…さすがに声優とナレーターは分けて考えていたつもりでしたが、イベントナレーターや司会、VP、地上波以外のナレーションだって、対象が全然違うんだからそれぞれ求められる読みやビジョンが違って当然ですね」

「同じ声の仕事だからなんでも通じる…」と教わってきたこれまでの”常識”は、それがオリンピックではなく非公式戦の世界だったからこそ通じていたことであった!

もちろん、どのスタイルでも優勝をかっさらえるき天才は…まれにいる。だが!少なくとも私は違うではないか…

数百万人!
イメージすることすらできぬその規模に、寒さからでは決してない身震いをしたのであった。

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事務所のプロフィールの見方

極細木は、まだなみなみと酒の残る私の杯に、さらに酒を注いで言った。

「それに、事務所の先輩たちのプロフィールの見方も大切ね。ずらりと出演歴が書き連ねてあれば、一見その事務所は天国のようにみえてしまうかもしれないんだけど。新人が間違えやすい落とし穴の一つね。山ちゃんのだめんず時代にも色々やってきたでしょ?正直に言ってみなさい」

「ボク…実は、養成所に通ってた一時期ですけど、アルバイトでラジオCMのガヤ(声のエキストラ)や再現VTRのエキストラ出演をよくやりました。『ガヤや顔出しエキストラでもそれは「出演」。だから芸歴書には「○○(番組名)出演」と書いておくといいよ』と先輩から言われましたね…」

「そうね、”きっぱり”言うと、プロフィールの真贋を見きわめたければ、TVのテロップをみていくことね。そうね、”仕事としてTVをみる目”をもってきちんと調べるのよ。レギュラーできちんとナレーションを担当しているのか?ちょっとしたボイスオーバーでの出演なのか?過去にアルバイト感覚でエキストラ出演しただけなのか?必ずしもそういう経験が悪いというわけではないワ。でもTVナレーターになるビジョンがあるならば、何年もそういった仕事ばかりをしているのは、方向がずれて迷路に迷い込んだ状態だと思うの」

「そういえばボクの知る限りでは、所属をしていて時々細かな仕事をしていても、”声だけでは食べれていけない”状況の人が多かったような…」

「所属の全員を充分に生活させている事務所というのは、ワタクシが知る限りでも一つ二つしかないワ。待つことも仕事のうちとは言うけれど…事務所のプレーヤーのほとんどがそんな状態ならば、自分の人生を深刻に考えないとダメ。プレーヤーは所属していても損がない、チャンスがあるだけと思っているのかもしれない。でも実は人生の最も大切で取り返せないもの、「時間」を浪費しているということになるのヨ」

私は、ふと、極細木があけた窓の外を、みた。

いつの間にか、大きなビルがいくつもできている…

馴染みだったオヤジの店の跡にも…

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誰しも当たると思って宝くじを買う

「だめんずなプレーヤーも事務所も、多くは刹那的だからこそ誰しも当たると思って宝くじを買う。恋愛のだめんずがどっちもどっちであるようにね。『数打ちゃ当たる』と、業種も後先も考えずに所属するし採用する。そしてやっている仕事も場当たり的で、安くてもいいから一本でも仕事があればという考え方なのヨ。ナレーターになるには、きちんとしたプレーヤー人生のビジョンを描かなきゃダメ」

人生!その言葉が再び極細木の口から出た瞬間、私は圧倒される!相手を間違えれば逆恨みも辞さないテーマへも一切の妥協がない。

私は女帝の眼鏡の奥に、マネージャーという職業の深淵をみる。

これまでに私が漫画やドラマから思い描いていた人材派遣業者のようなマネージャー像は、今は微塵もない。幅広く業界を見据え、清濁合わせ呑みつつもフェアであろうとする精神、そして長いスパンで人生を語るその情熱と知性!

一体、何が極細木を女帝とならしめたのか…

「だめんずのだめんずたる所以は『意識のボタン』を最初から掛け違えて、違和感があるのに、噛み合わないままどんどん引きずってしまう…たとえば、さっき言っていた山ちゃんの先輩たちってどんな状況の人?」

「えーっと仮にセツコさん、としておきますね。【養成所を経て、ある事務所に入った。今は所属2年目。でもこの2年でほんとうに細かな仕事が2本しかなかった】という人です」

「わかった。そのセツコちゃんの心の動きを言ってあげるワ」

「ええ?!」

次号極細木は、まるで霊感師のごとく、会ったこともないプレーヤーの心情を次々と読み当てていく!
『事務所の深い落とし穴編(其の四)』乞うご期待!

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