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第14話 アナウンサー・トモコ編「荒野は狼しか生き残れない」

「さっきから”夢の話”を聴かされて眠くてしょうがなかったけど。でも、これ、キッパリ”言っちゃっていいのかしら?」

トモコから溢れ出るこれまでの想いをききながらも、夏場のトドのようにもたれたままだった極細木が、ついに動く!

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いまどきは、キー局のアナウンサーたちも


「さっき、バラエティもそれなりに…って言ってたかしら?」

極細木は、その巨体を動かさないまま、後ろ手に自慢の高級ブランドバッグをがさごそしている。き、聞いてるのか私の話を…。

トモコは思いのたけを吐き出した。

「局時代にバラエティはさんざんやってきたんですよ。でもー無理にはしゃいで読んだりとかはイヤでー」

極細木はバッグからおもむろに出したタッパーに「先付け」のホタル烏賊の沖漬をこっそり詰めこみながら言い投げた。

「じゃあ、ひとまずボイスサンプルを聴かせてもらいましょっか」

「サンプル…は、今日持って……すけど」

「いまなんて言ったのかしら?サンプルが…ん?」

「まだ作ってないんです…。でもでも、これまでのオンエア録画はあります。今度持ってきます!ぜひ見て下さい!」

「いまどきは、キー局のアナウンサーたちも局内営業用にボイスサンプル作ってるワ。声の仕事をするんなら、すぐにでもボイスサンプルを作っておきなさい。それとね、芸能では”今度とお化けは出たことがない”のヨ」

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自分でエサをとってこれる狼しか

言葉につまるトモコ。「あ、う、ぐ…」

沈黙の空気を破って、携帯の着うたが鳴った。”あらしふくーこのまちがーおーまえをだくー”極細木の携帯だ。

『あ、ちょっとごめんね。……モシモシ?で、どうでした?新人たちのサンプル…あはは、いやいや、ええ、ええ。木曜の19時赤坂の○○スタジオですね。ありがとうございます。新番組の数字、期待してますからーよろしくですー』

極細木のバッグからは、沖漬けの入ったタッパーと一緒に、大量のボイスサンプルCDがみえている。

今こうして話す間に、マネージャーたち、それにライバルであるナレーターたちも、一本の仕事を巡り闘っているのだ。

トモコは思い知った。

芸能の荒野では、自分でエサをとってこれる狼しか生き残れない。

電話を終えた極細木はトモコに向き直って言った。

「ま、アタクシも天下の極細木。実はあーたのオンエアはリサーチ済み(キッパリ)です!」

恐るべきは声業界の女帝であった!

赤坂のオフィスにいながらにして、声業界を知り尽くしているのだ!

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【裏声】は無自覚に

「あーたの読み。多くのアナウンサー出身者が最初にぶつかる『情報は伝わるけど情緒が伝わらない読み』の典型ネ」

「う…どこが違うっていうんですか?アナウンス部長のしごきに耐え培ってきた技術の、どこが【情緒】が伝わらないと仰るんですか!」

「まず自覚がないまま可愛い【裏声】を使ってるワネ」

「??わたし裏声なんですか?そんな指摘をされたの初めてです」

「じゃあその声から裏声を出してみて」

「あー(裏返らない)あれ?あ””ー(裏返らない)てへへ。裏声って苦手で」

「いいかしら、裏声からは裏に返らないのヨ」

【裏声】字にするには難しいができるだけ書いてみよう!

ここで女帝が言う裏声とはファルセットだけを示すものではない!地声の成分が少ない発声法を指す!

しいて例を挙げるとするなら!ファストフードのダメなバイトちゃんの「いらっしゃいませー」である。いわゆる”心のこもってない”【表向きの声】のことなのだ!

「でも裏声ってそんなに悪いことなんですか?私の周りでも可愛らしい声の娘たちがいっぱいですけど」

「それってほんとに可愛らしい声かしら?【情報】を伝えるのであれば聞き取りやすさの一点で裏声もアリかも知れない。でも”ナレーション”という表現で求められるのは説得力や共感。【表向きの声】で何を込められるっていうのかしら?」

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アナウンサーの三種の神器

極細木の言葉に、声を荒げるトモコ。

「むっかー!それは聞き取りやすさのための丁寧な技術です!【鼻濁音、無声化、アクセント】まで…必死に特訓を重ねて来たんです」

「あーそうね。それらの技術は確かに柔らかくは聞こえるわネ。その意味や意義は分かってるつもりヨ」

極細木は出された「椀」をみつめて言った。

「はふーん。やっぱり鮎よね?。知ってる?清流の女王と呼ばれる鮎は虫や魚を食べないから肚(はら・内臓)までキレイなの。だから丸かじりできるのヨ?」

話をはぐらかそうとしている!

「ちょ!聞いてるんですか?【鼻濁音、無声化、アクセント】教育はアナウンス・声優に関わらず重点的に教育してるんです!」

「”キッパリ”言っちゃっていいのかしら?」

ゴクリ…思わず吐き出そうとしていた言葉を飲み込む。

「知っておく程度はいいけど。。。でも残念なことに、いまの現場のディレクターで、鼻濁音や無声化の良し悪しが分かってる人は、いまではもうほとんどいない。もちろん視聴者も。それが良いことか悪いことかはワタクシにも分からない。でもね、創り手は時代の変化に、ビビッドに対応する表現を求めてることは確かだワ」

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初音ミクがニュースを読む日

「私、アナウンサーの本道として”美しく正しい読み”を大事にしてきたつもりです。でもそれは時代の求める読みではないってことですか!?」

「完璧なアナウンス技術でニュースが読めるなら『初音ミク』がニュースを読む日はすぐそこネ。でもね”いまの報道番組”ではアナウンス技術だけで勝負しているナレーターはいないのよ」

「なぁんですってーーー!そ、そういえばそうかも知れないですけど…」

トモコは決死の抵抗を試みる。

「でもでも、それならドキュメントはどうでしょう。初音ミクではドキュメントできないでしょう!心がないから。どうすれば視聴者の心に寄り添えるか…って先生?!ちょ?!聴いてるんですか?!」

鮎を頭から肚までかじる極細木。

「ぽわーん。スイカの香りがするのヨ。鮎は。女将ーッ!お酒!人肌ぬる燗で」

熱くなるトモコをよそに、極細木はキッパリしたと思えば、ひらひらとはぐらかす。

「あー要するに…”美しく正しい読み”でドキュメントの心に寄り添うってこと?」

「そ、そういうことです」

ゴクリ…再び言葉を飲み込み次の極細木の言葉を待った。

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大山鳴動して極細木!初手から直球全つっぱり!

次回”きっぱりエネルギー充塡完了”しだい、女帝は「ドキュメント論」に照準をあわすであろう!

重ねて言う。夢を見ていたいもの次号読むべからず。(つづく)

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