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第15話 アナウンサー・トモコ編「ドキュメンタリーの読み手」

三たびたちあがる不屈のトモコ。
「ドキュメンタリーで視聴者の心に寄り添うことができたらいいな…て」

「あー要するに…”美しく正しい読み”でドキュメントの心に寄り添うってこと?」
対する極細木は、きっぱりエネルギー充填まで、残り90パーセント!

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判で押したように同じこと言うのよネ

りーんりーんと、秋虫の声に包まれながら、いつしか会席は「八寸」まですすんでいた。

秋茄子の田楽をほおばる極細木。

トモコは酌をしながら言った。

「技術だけではアナウンサーは初音ミクにとってかわられる…悔しいけど先生のおっしゃる通りかもしれません。だからこそドキュメントですよーやっぱり。手間ひまかけた美しい映像、知的なテーマを追求しつつ、視聴者の心に届くように作り上げられていく作品。それを私の声を通して社会に訴えていく。あぁ素晴らしいです!」

「まあ一握りの良作と、眠たいだけの駄作もたんまりあるけど。そういうのってナレーションも眠いんだけどフフ。あーたが言ってるドキュメントって(ごきゅ)どういうもの?(ごきゅー)」

聞き役にまわる極細木は、女将の配膳する「金目鯛の煮物」をぱくつきながら、杯を重ねている。

「ドキュメントなら全般ですけど…一番やりたいのはNHKでやってるような”動物もの”とかですね。大自然の不思議に、心を添えられたらきらきらーって感じ!将来的にはピラミッドの謎に挑む大型ドキュメントなんかもいいですね。それに社会問題や人間を追いかけた報道系もやれたらと!…あ、もちろんいまの自分にはまだ早いとはちゃんとわかってますよ。いやだなあ…アハハ」

「ワタクシだって一視聴者としては、大自然だの美しいCGだのを見れば、そりゃあ目を奪われる。でもねーなんだかなー、アナウンサー出身者は判で押したように同じこと言うのよネー」

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『ナレーターとしては作品をちゃんと観ていなかったり』する

極細木は出された湯葉をわざとらしく、ペラペラと振ってからパクついた。

料亭の女将は黙ってハロウィン型に切り抜かれた「秋かぼちゃ」もさし出した。

皿に飾られたカボチャお化けの人形は、虫の音響く和のテイストの中にあることで特に目をひく。

「”ドキュメントが読みたい”という人は、ほんと多いワ。でもそういう人って『ナレーターとしては作品をちゃんと観ていなかったり』する…ザッピング中にたまさか見かけた番組とかを言っちゃってるだけで。女将おかわり」

「そんなことないですよ!(むっかー!)」

「でもあーた、プロとして”ドキュメンタリが目標”というからには、海外の高いクオリティの作品も観てるわよネ。映画やBSでひっそりとやってるけど」

「あー、それは観てません…」

ぐ、とトモコは拳を握った。

「民放の深夜とか日曜の昼にやっているのを時折ていどです」

「じゃあ聞くわ。それらの作品は誰が読んでる?」

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それは誰が読んでるのか

「えーと、うーんっと。先月やってた大型ドキュメントは大物俳優でした」

「そうね。それにお笑い芸人や女優なんかもキャスティングされてるわネ。良い時間の試聴帯ではほとんどが有名人なのよ」

「ま、まあそういえばそうなんですけど」

「そんな有名人の中にどうやって入る?プロのマネージャーとしてもそこが知恵の絞りどころで、工夫を重ねてるんだけどネ」

「なぜドキュメントに女優や俳優を使うんでしょう?やっぱり視聴率なんでしょうか?」

「そうねそれもあるけど…この人が読むんだっていう驚きの部分はあるわネ」

トモコは酌をしながらおそるおそる聞いてみた。

「でも、さすがという人もいればちゃんと読めてないっていうか、技術的にはイマイチな人も多いような気がするんですけど…」

「その通り!俳優としては素晴らしいけど、ナレーションは、なんだこれという人も多いわネ。ただね、ドキュメントは単なる技術を超えたところを要求されているワ。その人の持っている存在感とか空気やキャラクターってところかな。ナレーターもそこの高みを目指して闘わないとなかなか勝てないワ」

「確かに壁は高そうですね…グギュ」

トモコはくじけそうになる気持ちに包まれた。

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実力のある人でも年に1、2本ってところかしら

トモコはそれでも思い直し再度食い下がる。

「NHKの番組はアナウンサーを使ってるんじゃないですか?」

「現役だけね」

短く答えて、極細木はかますの焼き物を不器用につつきながら、手酌で杯をあおった。

「そういえばBSは旅ものも含めてドキュメントが増えて来てると思うんですけど」

「あーたBS観てないんじゃないの?ドキュメントと言っていいかどうかだけど、BSの旅ものにはホント俳優女優が多いわネ。まあ少しのチャンスはないことはないけど」

少しのチャンスという言葉に”キラーン”とトモコの瞳が輝く。

「それにそれに、民放深夜のドキュメントは、ナレーターが読んでいることもありますよね!」

極細木は首と肩をボキリボキリとまわしながら問うた。

「それ読んでる人の名前分かる?」

「え!い、いいえ…ちゃんとチェックしてなくて…アハ」

「残念だけど、知らなくて当然かもね。BSだったりド深夜だったり。数字が取れてないから。確かにアナウンサー出身のナレーターが読んでることもあるワ。でもねー。実力のある人でも年に1、2本ってところかしら。ということは、なかなか知名度は上がらないし、もとよりビジネスにはならないのよ」

「そうかもしれません、でも知名度やお金うんぬんだけでなく”やりがい”もあると思うんです!」

「そらそうヨ。ワタクシにだってワタクシのやりがいはあるワ。良質な作品に良いナレーターをキャステングできたら嬉しい。あーたのいう”やりがい”ってもしかして、”美しく正しい読み”でドキュメントの心に寄り添うってこと?」

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美意識って多様なんじゃない?

トモコは言う。

「もちろんそうです!!アナウンサーとして美しく、正しく日本語を読んでいく。それを求めてはいけないんでしょうか!?」

「いけなくはないけどネ…クラシックだけが美しいんじゃなくて、ヒップホップもフォークソングもビジュアル系ロックも美しいとワタクシは思ってます(キッパリ!)要するに美意識って多様なんじゃない?だから現代においては読みの表現も多様なの」

「”美しく正しい日本語”はあるはずです!それを学び続けることは使命だと感じてるくらいです」

「うーん、でもなー、ことさらに正しさを追求するのって権威主義っぽくない?もともと言葉って揺らいでいて変化するもの。ナレーターなら言葉の揺らぎに対応できる柔軟性も大切だと思うけどなー。もっともワタクシは売れてる読みこそが正しいと思ってるんだけど(キッパリ!)」

「それでは時々に、正しさが変わってしまうじゃないですか!」

「そうねそのとおり。プロとしてあるからには、ビジネスであるという接点を外すとダメなのヨ(ごきゅごきゅ!)」

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トモコも杯をあおるピッチが早くなっている。

「ではお聞きしたいんですけど、極細木先生の仰る良質な作品ってどんなものなんですか」

「そうねー。ひっそりと放送している作品の中にも確実にあることはあるけど。マネージャーにとって、良質の番組とはやはり視聴率のいい番組のなかに多いワ」

「シビアだけど、それはそうかもしれません…」

自分だって生き馬の目を抜く業界を生き抜いて来たのだ。

トモコは声を絞り出して、極細木に立ち向かった。

「私も一人のプロとして生き抜いて来たんです!なんとかドキュメンタリーナレーションの高い壁を乗り越えたいんです」

コン!と極細木は杯をおいてしばしの沈黙に入った。

静けさの中で再びししおどしが”こーーーん”と鳴る。

そしておもむろに口を開いた。

「方法はあるワ。でもあなたが考えてるのと別のやり方だけど」

「(ごっくり)それをお聞きしたかったんです!」

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