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第16話 アナウンサー・トモコ編「降りてこいよ言葉」

3話目では「ドキュメンタリーの読み手である俳優たちとの戦い」「美しく正しい読みの誤解」と立て続けに”きっぱり”が放たれたのであった。

それでもその高みを目指したいと食い下がるトモコに極細木は言い放った。

「方法はあるワ。でもあなたが考えてるのと別のやり方だけど」

さあ時まさに草木も眠る丑三つ!

静けさを極細木が切り裂くのであった!

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番組作りの手法とナレーターの起用法などをみよ

トモコも一気に杯をあおった。女将がおすすめで出してくれた日本酒が止まらない。

頭がグルングルンしてきた。これまでの価値観を覆されたショックなのか、それとも単に酔いが回ってきただけなのか。

極細木は出される料理をきれいに平らげてこう云った。

「まずはテレビをプロとして深く観ることネ。番組作りの手法とナレーターの起用法など」

「さっき仰ってた俳優女優が多く使われてることですか?」

「もっと深くヨ。あーたが最初に言ってた”ピラミッドの謎に挑む大型ドキュメント”だけどあれって誰が読んでたか分かる?」

「えーと、出演した女優さんが少しだけ読んで…あとは男性のナレーターでしたっけ?」

「そうね。彼はトップのナレーターの一人だワ。それにもう一人。ひとつパート読んでたのよ。女性の若手。ちゃんとチェックしてなかったでしょう」

「そういえば。エジプトグルメ紹介のコーナーでしたっけ?あそこだけすこしタッチが違ってましたね」

「それに先週OAした”医療系SP番組”でもメインの男性トップナレーターに若手の女性ナレーターが入ってたワ」

「そういえばそうだったかも…見落としてました…グニュ」

トモコはナレーターを目指すものとしての不勉強を恥じた。

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バラエティの手法でコーナーをはさんだり

だが次の瞬間。トモコの瞳の奥がキラーンと光った。

「ということは!私でも入れるってことですよね!」

「まあチャンスは無いことは無いけどね(ごきゅ)」

「どうすればそこに入っていけるんでしょうか?ウルウル」

「メインでSP級の番組を読むのはまだまだ先の話。サブポジションで入ることをまず目標にしてみればいいのよ。番組のアクセントとして入ることって、たまーにあるから」

「そこなら近すぎず遠すぎずでイイ感じです。そこをまず最初の目標にします!キラーン」

「あたり前だけど、それだって決して簡単なことじゃないくらいは覚悟して。よくあるのはバラエティの手法でコーナーをはさんだりすることね」

極細木はごりごりと首と肩をまわし始めた。

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ということはナレーションも

トモコは前のめりだ。

「そ、そういえばこの前の”エコロジー特番”でも世界の環境問題を取り上げながら、芸人さんたちのクイズ形式で進行してました」

「いまはドキュメンタリーの手法でバラエティ番組を創ったり、またその逆もあるワ。いまではどの番組でもあたり前すぎて気づいてないけど、ドキュメント&バラエティの演出手法が使われてる。逆に純粋な形でのドキュメンタリーやバラエティのほうが少数派ネ」

「私がやりたかった目標は、そういえばほとんどがドキュメントバラエティの番組でした!」

「いまさらだわねー。ということはナレーションもドキュメントとバラエティに対応してなきゃいけないってことなの」

「バ、バラエティですか…それなりにはやってたんですが…」

「そんな調子だから、バラエティの読みなんて研究したこともないでしょう。」

「とにかく高い声で”歌い上げ”ておけば、バラエティはできてるだろう、程度に考えてたんじゃない?」

れろれろとデザートのアイスをなめながらもトモコを凝視していた。

「え、どうして分かるんですか。仰る通りです…極細木先生、教えて下さいバラエティの読みを!」

「女将ーデザートおかわりねーお酒もねー」(ぺろぺろ…ごりごり…ごきゅごきゅ…)

それは極細木の心眼が開く合図だった。

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胸を打つナレーション

「まあ、あーたはアナウンスはまずまずってところかしら。しっかりした読みね」

「ホントですか!キラーン」

初めて極細木が認めてくれたような気がしてトモコの気分はちょっぴり高揚した。

それからのジェットコースターがどうなるとも知らずに。

「でもねー表現力がなってないワ。まるで分かってないかも」

「はう…」ぐび

「ナレーションは映像と言葉のコラボレーションなの。そしてナレーションは引き算。ホントはドキュメントもバラエティも同じ。言葉の行間だけでなく映像の行間を読むこと。弱い映像、弱い言葉の時に出る。そして強い映像、強い言葉の時に引く。それが引きつける読みってこと」

「はう…」ぐび

「あーたの読みは、映像と言葉の意味に同じことをさらに乗っけていくだけ。引きつけてないし、引き出しもないワ」

「はう…ずー…はう…」ぐびぐび

「オンエアー聴いてて感じたことだけど。”美しく正しい読み”で表面を取り繕おうとしてるけど、それってつまり、感性の柔らかな部分を奥深くに封印した読みだって。胸を打つナレーションはその感性を開放しなきゃ出て来ないワ」

トモコのメイクは涙で流れ落ちていた。

「はう…はう…はう…ずー」ぐびぐびぐび

言葉ではない”音”が心臓からも内蔵からも出続けていた。

それは奥底の封印を引きはがす音だったのかもしれない。

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ある日の現場

極細木との長い夜、いや一瞬の夜だったのかも知れない。

あれから3ヶ月。

トモコにとって、久しぶりのナレーション現場。

司会をしている番組のディレクターに無理矢理頼み込んで、小さなコーナーナレーションをやらせてもらうのだ。

BS番組での10分程度のコーナーナレーション。

何度かのらりくらりとかわしてくるDを捕まえ、いやいやながらサンプルを聴いてもらった。

それでなんとかここまでたどり着いた。小さな仕事を得るために、こんなに努力をしたことはこれまでなかった。

気心の知れたDなのに、心臓はバクバク。

こんな緊張は新人で初めてニュースを読んだ時以来かもしれない。

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極細木と過ごしたあの夜。

キッパリ波動砲乱れ撃ちを全身に受け、こなごな、ちりじりになっていた心の破片を一片一片拾い集めながら、トモコはテレビを聴き続けていた。

それまではナレーター達のアクセントや抑揚、一定のリズムで読んでるかしかチェックしていなかった。『日本語もしっかりしてないし、あー耳障り』というのが本音だった。

ところがあの夜の極細木の言葉以来、いままで耳に入って来なかったバラエティの読みがいきなり飛び込んで来た。

そこには張りや巻きだけでない、多彩なテクニックが詰め込まれていた。

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ナレーションはこんなに楽しかったんだ

それはありがちなゆるいVTRだった。レポータが地方グルメを紹介する10分のVTR

D「ここ尺はまんねーな。二行目カットして、こうしてください…」

こんなに緊張しているのに、久々のMAブースはなぜだか嬉しい。

D「じゃあテス本(テストを兼ねての本番)でいきまーす。キュー」

アナウンサー時代の部長の怒った顔が浮かぶ。『あー怒られるんだろうな』

タイムコードが回る。繰返しイメージしながら原稿を自分の言葉にしていく。『映像の行間を読んで。弱い映像では押す、強い言葉では引く。感性を解き放って胸を打つ!』

D「いただきましたー。いやー画に躍動感でました!正直ロケの時間がなくてしょっぱいVかなと思ってたんですけど、ナレーションでけっこう見れるようになりました。山止さんナレーション変わりました?ってか前からこんな喋りでしたっけ。最近司会ばっかりで会ってたからかなー」

イヤフォン越しに聞こえるDの声はいつになく楽しげだった。

そんな満足げなDにトモコはこう返した。

「あ、その部分、もうワンテークいけますか。すこし読みを変えてみます。キラーン」

極細木の言葉が蘇る。”アナウンスの技術はあるんだから。ナレーション表現のための次のステップは表現力ヨ。胸を打つナレーションには感性を開放しなきゃだワ”

『いままでどうして閉じ込めてしまってたんだろう。あー楽しい。ナレーションはこんなに楽しかったんだ』

極細木にこのことを報告したくてスマホを手にした。

しかし、かけることはやめた。

『サンプルのあそこももっと工夫できるかも。創り直そう!キラーン』と思いついたからだった。

(アナウンサートモコ編・完)

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