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【イノシチとイモガラ珍百景】 #29 姫様へのおもてなし(1)

先日、大好評と大混乱をもたらした“キノコフェスティバル”だったが、結果としては大成功で終えることができた。
この一大イベントのために、お隣のワイル島からイモガラ島に招かれたサトコ姫ことワール=ボイドは、しばらくの間ここイモガラ島に滞在することになった。

「イノ、シシゾー! また会えて本当に嬉しいワ!」
「僕らもだよ、ボイド。元気そうで良かった」
以前、“伝説のキノコ”を一緒に探しに行った仲でもある僕らは、キノコフェスティバルの翌日、改めて久しぶりの再会を果たした。

「ねえ、あの“キノコチャンバラ”、最高にクールだったワ! ワタシも一緒に踊りたかったのに、どうしてもダメだってじいやに止められちゃって」
「アハハ、今にも立ち上がりたそうにしてたの、オレもステージの上から見えたぜ!」
シシゾーがからかうように言ったけれど、ボイドはむしろニッコリ笑って答えた。
「そうなのよォ! 踊り子のワタシを来賓席に縛りつけるなんて、じいやもひどいわよネ」
相変わらずの屈託のなさに、僕らもつられて笑い合う。

ワール=ボイド──今はこう呼ぶことにしよう──は、とにかく破天荒なエピソード満載の女の子だ。僕らと知り合う少し前、住み慣れたお城から脱走し、イモガラ島行きの貨物船で“密入国”した前科を持つ。踊りの名手でもあり、一時期は人気レストラン“イモガランテ”のディナーショーでトップダンサーを務めていたほどだ。

「ところでイノ、シシゾー。アナタたち、これから時間あるかしら?」
「うん、今日はふたりとも休みだよ」
「それなら良かった!」
とボイドは、楽しげに手を叩いて言った。
「実は、これからイモガラ島の由緒ある場所を見学しに行くの。アナタたちもぜひ、一緒についてきてちょうだい」
「え! ず、ずいぶん急だね」
「マジで? 行く行くぅ」
お互い対照的に驚いてみせつつも、僕らはなんとなくワクワクし始めていた。
「じゃ、決まりネ。それじゃ、さっそく向かいましょう」

そして僕らは、キノコ町西部にある、富裕層が多く暮らす地域へと連れてこられた。
「……と、いうわけで、今日はこちらのミチナガ様に、旧邸宅を案内していただくことになりました」
「は、ご紹介に預かりました、ミチナガと申します。何卒、宜しくお願い申し上げます…… ハッ! い、イノシチさん!?」

ワール=ボイドのお付きの執事に紹介を受けた、体格の良いそのひとはなんと、僕らも行く先々でお会いすることの多い、ミチナガさんだったのだ。
挨拶の途中で僕らの存在に気づいた彼は、驚きのあまり口を半開きにしたまま、プルプルと震え出した。
「イノシチ様とシシゾー様は、姫様の良きお友達でいらっしゃいます。姫様のご希望により、今日はご一緒してくださることになりました」
「な、なんと……そうだったのですか……」
「あら、アナタどうかなさって? もしかして、寒いのかしら?」
落ち着かない様子のミチナガさんに、ボイドが遠慮なく尋ねる。
「い、いえこれはその……いわば、歓喜の武者震いと申しますか、はい。失礼いたしました」
「ムシャブルイ? まあ、面白い方ネ、ウフフ」
余裕たっぷりに微笑むボイドに、執事がすかさず耳打ちした。
「姫様、ミチナガ様はイノシチ様を大変敬愛されておられるのですよ」
「まあ! つまりイノは憧れのアイドル、というわけネ。オーケー、それなら無理もないわネ!」
ボイドの容赦ないツッコミに、ミチナガさんはすっかり恐縮して汗をかきまくり、僕は僕でなんとなく照れくさくなっていた。
「そ、それではさっそく、私どもの旧邸宅をご案内いたしましょう」
緊張のせいか、ミチナガさんの声が少し裏返っていた。

僕らは、イベント会場くらいありそうな広大な敷地内へと案内され、そのなかにいくつも点在する中の(しかも、それらの建物それぞれが頑丈そうな柵で覆われている)とりわけ歴史を感じさせるお屋敷の前にやってきた。キノコの彫刻で飾られたアーチをくぐり、数十メートルばかり直進したところで、ようやく玄関の前にやってきた。どの建物もそうだが、玄関の前にはふたりずつ警備員が立っており、とりわけここを守る二人組はいかにも屈強そうに見えた。

「こちらは、以前私どもが実際に暮らしていた旧宅でございます。普段は、完全予約制により一般開放しております。……さあ、どうぞお入りください」
ミチナガさんが手を伸ばしたドアノブには、大きな真珠のような石がはめ込まれていた。
彼がドアノブをゆっくりと引くと、そこに広がっていたのはまるで舞踏会の会場のような空間だった。

天井には、シャンデリアが席を争うように配置され、そこかしこできらめきを放っている。部屋の壁は貴婦人のドレスを思わせる優美なデザインで、よく見ると夜光貝のようなものが散りばめられている。もはや、部屋そのものがジュエリーみたいだ。
「スゲエ! 宮殿みたいッすね!」
大理石の床に映る自分の姿を見て、シシゾーが歓声を上げた。
「わあ、あの窓のステンドグラスも、おしゃれでキレイですね」
僕も思わず、華やかなステンドグラスの色彩に目を奪われる。
はしゃぐ僕らの様子を見ていたミチナガさんが、満足そうにうなずくのがわかった。

それから僕らは、そのような大広間、客間、居間など、次々と部屋を案内された。驚いたのは、それぞれの部屋ごとに異なるドアノブ(つまりはめ込まれた宝石も異なる)、異なる照明、異なる壁紙が使用されていたことだ。
「素晴らしいワ!」と、普段こういう場所に慣れていそうなボイドさえも、うっとりとため息をつきながら言った。
「もうお住まいになっていないというのに、これほどきちんとお手入れされているなんて!」
「姫様、おほめにあずかり恐縮でございます」
ミチナガさんが、うやうやしくボイドにおじぎをした。

好奇心旺盛なボイドは、そんなミチナガのすぐ後ろにある扉の存在にいち早く気づいていた。
「あら、そちらの扉の向こうは、どんなお部屋なのかしら?」
「申し訳ありませんが、こちらは一般公開しておりませんでして」
「え~、そうなのォ? ザンネンだわぁ」
ちょっと上目遣いで、ボイドが甘えるように言った。
「姫様、あまりミチナガ様を困らせてはなりませんぞ」
「だって、こんな素敵な機会、またとないじゃないのヨ~」

執事にたしなめられるボイドの様子が、あまりに残念がっていて、僕とシシゾーはつい、気の毒に思ってしまった。
「ね、ミチナガさん! オレたちも、後ろにある部屋を見てみたいな!」
シシゾーが、無邪気な瞳でニコニコしながらミチナガさんに訴えた。
「あの、僕も見たいです、その部屋。せっかく、遠くから友達が来てくれたので」
シシゾーを援護するように、僕もおずおずと手を挙げた。

僕の言った“友達”という言葉に、ミチナガさんの目の色が一瞬変わった、ような気がした。
「……わかりました!」
ついに、ミチナガさんが根負けした。
「今回だけ、特別にお見せいたしましょう。ですが、どうか、驚かないでくださいね。……ええと、この部屋の鍵は、と」
ミチナガさんは、数十個はあろうかと思われる鍵の束から、一回りほど小さめの銅製の鍵を鍵穴に差し込んだ。

鈍い音と共に、扉が開かれる。なんとなく、かび臭いような匂いが漂ってくる。
「ゴホン、ちょっと失礼」
ミチナガさんが、一足先に部屋に駆け込み、咳払いしながら、部屋の奥にある窓を開け放った。
穏やかな日の光が、部屋の中全体をゆっくりと照らし出してゆく。

「えっ!」
僕らは皆、思わず声を失った。
その部屋は、照明や内装などは同じように豪華なものの──
なんと、壁や床のあちこちに穴があけられたり、ボロボロになったりしていたのだ。

「うわ、この部屋だけ、なんつーかすっげーな」
シシゾーが(たぶん自分では精一杯言葉を選んだつもりで)言った。
「えぇ……ここで一体、何があったんだろう?」
僕は戸惑いながら、いわゆる“事故物件”の可能性まで視野に入れ始めていた。たぶん、ミステリー小説の読みすぎだろう。
ミチナガさんは、明らかに青ざめながら、おじぎばかりしていた。
「いやはや、なんともこれは……お見苦しいものを見せてしまいまして、ええ」

「あらァ! そんなことなくってよ」
とボイドが、歌うように言った。
「ワタシ個人の意見としては、これはこれで、むしろ親近感が湧いて面白いと思うのだけど」
「……と、言いますと?」
「だって、こういう穴のあき方とか、見覚えがあるのですもの」
ボイドの言葉に耳を傾けていた執事も、うんうんとうなずいている。

そしてボイドは、ミチナガさんにさりげなくこう尋ねた。
「ねえ、もしかしてここは、お子様方のお部屋でしたの?」
ミチナガさんの顔色が、一瞬にして紅潮した。表情の変化が実に忙しい。
「ハッ……何故それをご存知なのですか!?」
「まさか! 今ふと、そう思っただけヨ」
とボイドは、笑いながら言った。
「だって、あちこち元気に暴れ回って、こんなに穴があいたりしているのでしょう? 直してもキリがないから、そのままにしているうちに、このおうち自体が使われなくなってしまったのネ」

ボイドの思わぬ名推理に、今度はミチナガさんがポカンと口を開ける番だった。
「ミチナガ様、実は姫様も、ご幼少の頃は相当なおてんばでいらしたのですよ」
執事が笑いを噛み殺しながら、そっとミチナガさんに囁いた。
「これくらいの穴など、しょっちゅうでしたから」
「んもう、じいやったら! 大昔のお話でしょ、それ」
さすがに恥ずかしくなったのか、ボイドがちょっと顔を赤くして抗議した。へえ、ボイドもたまにはこんな可愛い顔するんだ!

「はぁ……いやはや、これは驚きました」
ようやく我に返ったミチナガさんが、ボイドたちに向き直って言った。
「姫様のおっしゃる通りでございます。こちらの部屋は、私どもが幼少の折に遊び部屋として用いていたものです。ご指摘の通り、我々はウリ坊の時分は皆、やんちゃの盛りでございますから……私の両親も、それを大いに尊重してくれまして、この部屋だけは好きに暴れ回っても良い、と言ってくれたのでございます。ここは、まさにその名残です」

思いがけず、ミチナガさんの過去の話が聞けて、僕らはほほう、と感嘆の声を上げた。
「それ、素敵なエピソードだと思いますよ」
僕の言葉に、シシゾーやボイドも即座に賛同してくれた。
「ねえ、ワタシ思うのですけど」
と、ボイドが挙手しながら提案した。
「このお部屋も、ちゃんときれいにお掃除して、どこかに解説文を添えてお披露目したらいかが? だって、なんだかもったいないわヨ。ご幼少の頃の思い出が、たくさん詰まっているのでしょう?」
「とは言いましても、だからこそ大切にしまっておきたい、というのもあるかもしれませんぞ、姫様」
「うーん、それもそうだけれど……」

頬に手を当てて考えていたボイドと、ふと目が合った。その瞬間、
「そうだワ! イノ、あなたが決めてちょうだい。賢者なんでショ、あなた」
「え、エェ!? ちょっと意味がわからないんだけど」
いきなり責任重大だ、これは。僕は大いに困惑した。
「そりゃいい! さあ賢者様、ご決断を」
シシゾーまで、おどけたポーズをとってあおってくる。困ったなぁ……
「イノシチさん! 私は断固、あなた様のご意見に従います。さあ、遠慮なく正直におっしゃってくださいませ」
ほらやっぱり、ミチナガさんまで! 僕はすがるように執事に目で訴えたものの、彼は無言で優しく微笑むばかり。

三分間くらい悩んだ結果、僕はついに結論を出した。
「あの……そうですね、せっかく素敵なエピソードもあるので、このお部屋も見学できると嬉しいかな、と思います」

ミチナガさんは、むむぅ……と目を閉じて、そこからさらに一分間くらい黙り込んでいた。
そして、ようやく覚悟を決めたというように、カッと目を見開いて宣言した。
「……わかりました! イノシチさんたってのご希望とあらば、このミチナガ、誠心誠意お応えいたします!」

こうして、僕の(いや、元はといえばワール=ボイドの、だけど)提案により、ミチナガさんの旧邸宅・子ども部屋が、新たに一般開放されることが決定した。
ミチナガさんのところへは、予想をはるかに超える見学予約が殺到してしまったようで、ちょっと申し訳ないやら、でもなんだか嬉しいやら。
でも僕には正直、そういう思い出話がちょっとうらやましかったりもしたんだよね。

【ミチナガの旧邸宅・子ども部屋】レア度:?????


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