見出し画像

そんな日もあるよね

どうも。先程スマホを家の中で失くし、一家総出で大捜索させてしまったいのりです。ほんとうに甘ちゃん。
あーしんどい、人生。(n回目)

とにかく私の周りの人は、私にほんとうに優しいのです。家族も、友人も、恋人も、優しい国の住人さんばかり。感謝しかない。
だから私も、周りに優しく、甘ちゃんで生きていこうと思う。

すぐ調子に乗るし、公文書にシャチ印ばんばん押しちゃうほどの常識力の無さだし、感受性の塊なのでとにかく人に影響を受けやすい。慣れてくるとびいびい泣く癖に、基本的には飄々の皮を被っている。なんだかこう書いていると自分が化け物みたいに思えてきた。辛い。そして膝を抱える。この繰り返しである。

前述の通り基本スペックがまずもって低い私だが、月一くらいで、もっと駄目になってしまう時がある。なんとかなるや!どーん!!ぐらいのいつものおおらかな構えが崩壊し、ちょっとしたことに、この世の終わりくらい落ち込む。注意力は何時にも増して散漫になり、人間としての基本的な性能をも失う。何もかもがどうでも良くなってしまう。

そんな時、徹底的に自分を甘やかすことが出来たら、と思う。でも大抵は、上手く行かないのは自分のせいだから……となって、ますます落ち込んでしまう。負のループ。恐ろしいほどの精神の絡まり合い。知恵の輪もびっくりである。

今日も朝から体調も悪ければ調子も悪いで、散々な半日だった。げんなりだった。
仕事から帰ってきた母親に、「あれ、まだ居たの?」と言われる。そう、今日は朝から大学に行く、筈だった。蓋を開けてみたら散々だったけど(ちなみに私の母親は、一日に二度出勤し、二度帰ってくる特殊生活をしている)。
しょぼくれながらも、私は母に思い切って言ってみた。
「今日は、何をやっても駄目な日なの」
すると母は、私を見てにんまりとした。
「そうか。なら仕方ないね」
それからご飯も食べずにおつまみをつまみ(お酒は飲んでない)、母の仕事の愚痴を聞き、そして笑い話をした。あっという間に家を出る時間になる。スマホもすぐ近くにあった。追い込まれていると、往々にして視界も狭まるようだ。

ほんとうに私は、たくさんの人の優しさと、おおらかさに支えられている。
だから私も、大切な人がつまづいてしまったり、落ち込んでしまったりした時、「そんなこともあるよね」と、おおらかに構えられるようにしたい。さっきまでしょぼくれて下を向いていた私の視界が、ほんの少しだけ、前を向く。
優しさとおおらかさは、いちばんの薬だ。

今、何かに上手く行かなくて、落ち込んでいる人も、どうか少しだけ、自分におおらかになって欲しいと思う。
「そんなこともあるよね」と自分で自分に思うことができたら、きっと少しだけ、気持ちがラクになる。

すっかり元気になって家を出ようとすると、ばあちゃんが庭の植木を必死にごそごそしている。私に気づくとはっ、とこっちを見て言った。
「電話、あった?」
あったよ。心配かけてごめんな。
というか、確かに私はよく物を失くすけど、きっとそんなとこにはないよ。

ほんとうに私は、たくさんの人に支えられている。
ふふっ、と笑いながら、私は家を後にした。

新しいキーボードを買います。 そしてまた、言葉を紡ぎたいと思います。