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『日本人海外赴任者制度の限界と対策』(6−1)海外赴任制度は『逆転の発想』からはじまった!

 60代の糸川さんが1974年に出版した『逆転の発想』は、もともと企業の経営者や管理職に向けて書かれた本だが、いざ書店に並んでみると、全く想定していなかった主婦や学生などの幅広い層に届くことになった。正編、続編、続々編、新編(上、下)とシリーズは続き、1978年からの第二次オイルショックを経て累計120万部のミリオンセラーとなった。

 『逆転の発想』のコンテンツは、糸川さんが主催していた組織工学研究会で発表された内容をまとめたものだ。組織工学研究会は法人会員主体で毎月1回行われていた。毎回ゲストスピーカーと糸川さんのレクチャーがあるという2部構成の内容だが、毎回違うテーマが取り上げられたので、それをまとめた『逆転の発想』は経済、新商品開発、人間性、エネルギーと多様なものになっている。糸川さんは『逆転の発想』シリーズの最初の1冊を「正編」と呼んでいる。正編の最終項は「日本を救う5000万人の民族大移動」となっており、これが当時の日本のグローバル企業の経営にも大きな影響を与えた。

 糸川さんの考えはこうだ。日本の特色は知能が非常に高く、マネージングパワーが相当ある国だ。したがって、マネージングパワーを世界が要求するということになると供給能力があるのは日本だけだ。日本の人口1億人のなかで50%は老人とか未成年者だが、半分は海外に出られる。つまり、日本は最大5000万人のマネージングパワーを供給できると考えたのだ。このことを『逆転の発想』(正編)では、次のように表現している。

 日本人はだいたい優秀な素質をもっているから、マネージャーになるとよく働く。労働組合はなるべく給料を上げて働かない方へいくが、管理職ともなれば組合がストでも出勤して仕事をする。月給をたくさんもらっていないが、マネージャーにすると働く。だからマネージングパワーという新しい労働力を要求している世界のマーケットに対して、日本が対応していけば、ここでも浮上が可能になろう。 (中略) 消費地に直結したところで、現地の過剰労働力を使って、マネージングパワーで生きていくというのが日本の唯一の生き残る方法だと考える

 この結論にある糸川さんの問題意識は2つある。
 一つは日本という国の海外資源の高い依存率を考えると、日本でものを作って海外へ送るという時代は終わったという認識だ。当時のインフレでは相対的に安くなったのは人件費だった。賃金が春闘で35%上がり、石油は3.5倍から4倍に高騰していた時代だったのだ。もう一つは、当時の日本は知識集約型産業が十分に発達していなかったため、日本人マネージングパワーの輸出しか方法がないと考えたのである。『逆転の発想』が発売されたのは1974年、第一オイルショックは1973年だ。日本企業のグローバル化の歴史をたどると、このころからグローバル化が加速していることがわかる。具体的には第一次オイルショックのスタグフレーションにより国内市場が縮小する中、円高環境もあり加速したのだ。

 スタグフレーション環境下の1970年当時の情勢は、1975年の倒産件数は12,600件、1976年は15,600件、1977年は18,471件だ。2022年の倒産件数は6,880件なので、その2倍以上がスタグフレーションで倒産していることになる。原料コストの上昇を製品価格に転嫁できない分野が販売難、売掛金回収難で倒産した。つまり、中小零細企業の淘汰が起こったのである。

 スタグフレーションで注目されるのはコスト削減管理技術であるVE(調達VE)だ。当時は合理化の名のもとに調達VEとしてコストダウンが行われた。しかし、景気が悪いため需要減退で相殺されてしまった。また、当時の公害防止技術への投資も利益の足かせになり、1975年に104万人、1976年に106万人、1978年には136万人の失業者、失業率は2.09%、非正規従業員では330万人の失業となった。

 1970年代のスタグフレーションにおいて、国内市場の低迷に加え、円高で輸出が困難になった日本企業は、新たな生産拠点と市場を求めてアジアをはじめ、海外への進出を加速させた。そのころ、日本企業の海外事業活動の円滑化を目的に、経済団体の総意によって1974年7月18日に一般社団法人日本在外企業協会(日外協)が設立され、日本人マネージングパワーの輸出のノウハウが各グローバル企業に共有されていった。このように、『逆転の発想』(正編)の結論にある日本人マネージングパワーの輸出という日本企業のグローバル化の手段は、1970年代に海外赴任者制度として確立され、現在に至っているのである。


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